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第25話

「八代、どうゆうことだ!なぜ、よりにもよって居留地に!」


「申し訳ございません。この八代、一生の不覚!つきましては、腹かっさばいて!!!」


 八代は、蒼白な面持ちでサーベルに手をかける。


「馬鹿者っ!貴様がどうこうして何になるっ!美代を連れ戻さなければならぬのが、わからんのかっ!」


 煌は、女学校の渡り廊下に居るということを忘れてしまっているのだろう。怒りに任せ八代を怒鳴り付けていた。


 グッと、無念そうな息を飲む八代。そこへ、


「お頭!」


 煌の脇に、美代が跪き頭を下げている。


「……ここは、学校だ。美代みよいや、美代みしろお前は、そのまま、美代みよの影に徹するのだ!」


「御意!」


 煌に命じられた美代みよの影武者である美代みしろは、ぐいと頭を上げるが、それは少し面長な、美代本人より年上の女性のものだった。


美代みしろ美代みよに戻れ!家政の授業に出席するのだ。怪しまれぬよう、いつも通り見学ということで廊下から授業風景を眺めておけ。そして、桜子の中傷にも、適当に合わせるのだ。できるな?」


「はい、お頭。お任せください。しかしながら……ということは……お頭は……家政の授業には参加なさらないのでしょうか?」


 煌は、かしこまる二人の隠密を交互に見ると、


「居留地に潜入する」


 そう覚悟を述べた。


 簡単に煌は言うが、居留地は部外者が容易く出入りできない場所。ゆえに八代が煌の所へ知恵を求めにやって来たのではあり……。潜入すると言っても……。


 相手方に影として生きる隠密という立場が、わかってしまったら、なおのこと出入りは厳しくなる。


「お頭!ここは、御前様のお力をお借りして……」


 八代が、最善策であろう提案をするが、ふっと、煌が笑った。


「八代、何を言っている。貴様、腹かっさばいてなどとぬかしておきながら、おじじ様を頼ると言うのか?」


「そ、それは……」


 失礼致しましたと、八代は呟き頭を下げる。煌の言うように、身勝手どころか、筋が通っていない。


「八代、確かにおじじ様を頼るのが一番だろう。しかしな、病に臥せっておられる方に無理は言えまい。なによりも、門代家の当主は、この私だ。いつまでも、おじじ様を頼っていては、隠密達にしめしがつかぬ!」


 煌の言い分も確かに正しい。肝心な所で、先代が登場しては、なんのために、煌が当主を引き継いだのかと要らぬ混乱が巻き起こる。


 八代は、じっと地面を見て、浅はかな考えを恥じた。


 自分が率先して、煌をもり立てなければならないのに、手に終えない事になったと、隠居している先代へ頼ろうとしたとは……。


「や、やはり、この八代、腹かっさばいて!」


 失言の責任を取りたいと八代は、無我夢中でサーベルに手をやる。


「まあ、良い。お前、何を言っているのか、分からなくなっているのだろう」


 煌は、どこか投げやり言った。


 いわば切り捨てられた形になってしまった八代は、ますます頭を上げる事ができない。おまけに、美代みしろが、同じ隠密としてみっともないとばかりに、クスリと笑ってくれた。


 自分よりも格下にバカにされ無性に腹が立ったが、これも自身のいたらなさが起こした事。八代は、グッと堪える。


美代みしろ何故、美代みよの影を放棄している?!学校にいる限り、いや、美代みよが戻るまで、お前は、影であり続けなければならぬだろう!わからぬのか?!」


 煌に言われ、あっと、美代みしろは声をあげると、苦々しそうに顔を歪めた。


「わかったなら、二人とも任務に戻れ」


 煌に正諭で諭された八代と美代みしろは、すっくと立ち上がる。


 八代は、腰の曲がった用務員の老人となり、美代みしろは、女学生──、美代みよにと、それぞれ姿を変えていた。


「さて、そろそろ、休み時間は終わりじゃな。生徒さんに知らせんといかんのぉ」


 カラン、カランと振り鐘を鳴らしながら、腰の曲がった老人、八代の姿は遠退いて行く。


「いけない!家政の授業に遅れちゃう!……うーん、でも、今日はビーフシチューの作り方のお勉強だから……材料費が結構かかるのよねぇ。また、見学かなぁ」


 材料費が払えない極貧令嬢美代みよが、美代みしろによって再現される。


 日常へ戻ったと、煌は、一人笑みつつ、


「八代、裏の通用門で待ち合わせだ。それから、潜入の準備に取りかかる」


 言って、一人駆け出した。


「門代さん、校内をむやみに走っては、先生に叱られますよ」


 腰が痛いと、ぶつぶつ言いながらも、制服のセーラー襟を揺らし駆けて行く煌を、八代もとい、用務員は見送る。


「やだ!授業が始まってしまう!遅れちゃうわっ!」


 一方では、美代みよへ戻った美代みしろが、あたふたと家政の教室へ向かって行く。


 鐘の音を聞いた他の生徒達も、授業の開始だと、各々の教室へ戻り始めた──。


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