そもそも、白猫に見える四郎だが、八代にみっちり隠密の心得に始まり、立ち振舞い、挙げ句人の言葉まで叩き込まれている、れっきとした隠密猫、その力は計り知れない。
おまけに、煌までも、四郎を連絡用に使っているようで、きっと、猫は猫でも、ちょっと違いのある猫なのだろうと、美代は、ぼんやりと思っている。
実際のところは、猫ということを利用し、四郎は門代家の隠密補佐として、かなりの仕事をこなしているのだが、美代にとっては、八代が飼っているシロちゃんであり、どうして、シロちゃんなのに四郎と呼ばれているのか不思議。というその程度の認識だった。
「シロちゃん、私、助かるのね?」
ステファンに聞こえないよう、美代は小声で四郎へ、ここまで来てくれた事の礼を兼ね、これからの事を問いただす。
「美代ちゃんは、ぼんやりしてるからさぁ、護衛がいないと大変なことになるんだよ。もうなってるけどね」
いけない!と、四郎は、息を飲むと、にゃーーんと猫なで声を出した。
「美代さんは、猫がお好きなのですか?どうやら、その子猫は、美代さんに懐いているように見えますね……」
「そ、そ、そうですか?!」
にゃーーんと、四郎が美代をちらりと見て鳴く。もっと上手く立ち回れと言いたいのだろう。
(でも、私は隠密じゃないもの!どうしろっていうの?!)
落ちつき払い、座席に横たわる四郎の横で美代はおろおろした。
にゃーーんと四郎が、息も絶え絶え、実に弱々しく鳴いた。
「え?!シロちゃん!!」
叫んだ美代へ、四郎がチッと小さく舌打ちする。
「シロちゃん……?ですか?」
ステファンが不思議そうに、美代と四郎を見比べた。
「あ、ああ!!あの!!それは!!」
「なるほど!白いからシロなのですね?美代さん、それは可愛らしい名前だ!」
ステファンの勘違いに乗じて、四郎は、座席から降りると、床に腹を見せて転がりゴロゴロ喉を鳴らしながら、ステファンの靴先にじゃれついて見せる。
「ははは!シロ!可愛いいなぁ。おいで!」
床に転がっている四郎をステファンは、抱き上げ膝の上に乗せた。
たちまち、四郎は、丸まり白い毛玉になる。
「シロって、丸くなると毛玉みたいだなぁ」
にゃん、と、四郎は、ご機嫌なステファンへ向かって鳴いた。
「まったく、馬車の前を横切るなんて、危ないぞ?御者が早く気付いたからよかったけれど。もう少しで、完全に引かれるところだったんだからな?もう、危ないことはしちゃだめだぞ?」
ステファンはとろけきった顔で四郎に説教をしている。
美代はステファンの意外な一面を見てしまったと思いつつ、なるほどと、得心していた。
四郎は、おそらく美代が乗せられている馬車を止めようとして、わざと道を横切ったのだ。
そして、馬車に引かれかけたふりをしてステファンの気を引き馬車内に潜入したのだろう。
まさか、走っている馬車に飛び乗るのは、いくら訓練を受けている隠密猫でも、あくまで子猫の四郎にはキツいものがあるはず。それに、思えば、四郎はどこか芝居がかったことをするのが好きだった。
死んだふりなどされ、美代もよく驚かさていたのだ。
そんな四郎の実力にかかれば、ステファンに取り入り、気に入られるなど、朝飯前なのかもしれない。
四郎は訓練を受けた隠密猫、人の心を掴むなど容易い事なのだろう。
ステファンは、四郎の姿に目を細めきり、
「そうか、そうか、猫はすぐ丸くなるものだからなぁ」
はははっと笑いながら、四郎の毛を撫でている。
「あの、ステファン様?」
すっかり、四郎の虜になってしまっているステファンの余りにも幼なく見える姿に美代は、思わず声をかけていた。
「あっ、美代さんも撫でたかったですか?でも、シロは、私の膝の上からは動かせません。どうやら、眠ってしまったようです。猫って、すぐ眠ってしまうでしょ?」
四郎が、眠っているかどうか確かめる為なのか、ステファンは、指でつんと小さな体をつっついた。
とたんに、四郎は、くうーくうーと空々しい寝息をたて始める。
「ああ、やっぱり眠ってる。だから美代さん、そっとしておきましょう」
「は、はい、わかりました」
そう答える美代の事などステファンは目に入ってないようで、微笑みながら、シロを撫ではじめた。
「えっと、ステファン様。そっと、しておくのでは?」
「ん?私はそっと、撫でていますよ?こうしてやると、猫は良く眠れるのです」
「は、はあ?そ、そうなのですかっ?!」
そんなことは初耳だった美代は思い切り驚く。
「しっ!美代さん!お静かに!ダメですよ?声が大きいです。シロが起きてしまいます」
穏和にではあるが、美代はステファンにしっかり注意されてしまった。
「は、はい!申し訳ごさいません!」
「いや、だからね!声が大きいと言っているのです!」
ステファンを怒らせては何かとこじれると思い、美代は素直に謝ったのだが、勢いをつけすぎて声を発してしまったようで、更に注意されてしまった。しかも、当のステファンは、その美代よりも大きな声を出しているのだが、そこは良いのたろうかと思いつつ、美代はぐっと堪えた。