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第20話

「え?!美代さん!何ぜ床に座っているのですかっ?!」


 ステファンが、床に座り込んでいる美代を見て驚いている。


 隠れていた、と言って良いのか分からず、美代はとっさに、


「ご、ごみ拾いを」


 などと、言い訳にもならない事を口走っていた。


「ごみ?なんと!それは、失礼いたしました。ごみが床に散らばっていたとは気が付きませんで申し訳ありません。立てますか?」


 なぜか、ステファンは美代を信じきっている。


「は、はい、私は大丈夫……なんですよね?といいますか、大丈夫……です。なのですよね?」


 余りにも、ステファンがあっさりしている為に、美代は拍子抜けしたが、まだ、安全とは、誰にも言われていない。もしかしたら、ステファンに、このまま馬車から下ろされ、無許可侵入の罪で憲兵に引き渡されてしまうかもしれない。いや、こちら側にも、憲兵なるものがいるとしたらなのだが、とにかく、治安を守る役目の人間はいるはすだから、そちらへ引き渡されるのだろう。


 御者に、行き交う人々に、色々言われ、ステファンも美代を引き渡すつもりになったのかもしれないし……はたまた、居留地から追い出しにかかるかもしれない。このまま、居留地の外、美代が暮らしていた場所側へ戻される可能性もある。と、なると、先程の憲兵に即座に拘束されるだろう。


 騙すような事をして、規則を破り突破したのだ。これは、大目玉どころか、完全に罪に問われる。


 節約してまで三門家を守ろうとしていたのに、自分が罪に問われ家が危うくなるとは夢にも思わなかった……。


「ああ、どうしよう……」


「そうなんですよ!美代さん!どうすれば!」


 美代の呟きにステファンが乗っかって来る。


「え?!そ、それ、それは、ステファン様がお決めになることでは……」


「ああ、確かに、私は当主ですから、私が決めなくては。そもそも我が家の馬車で起こったことですからね」


「は、はい、どのような処分でも……私は……」


「処分?それは、ちょっと可愛そうではないですか?もとはといえば我が家の馬車が原因でもあるのですし」


「……ステファン様。確かに……馬車ですわね。馬車に乗ってしまったから……」


「いやいや!美代さん!馬車に乗せなくては!こんなに弱っているのですよっ!!」


「いや、ですから!ステファン様!弱ってなどないですって!!」


「美代さん!何を言ってるのです!!弱ってしまっているではありませんかっ!ほら、こんなにも!」


「……え?……こんなにも?」


 はいと、大きく頷きながら、ステファンは、美代に白い何かをつきだして見せる。


 「こ、これは?」


「とにかく、ちゃんと手当てをしてやらないと。屋敷へ連れて帰ります」


 ステファンは、白い何かを大切に抱えると馬車に乗り込んで来た。


「うん、座席に寝かせてやりましょうか」


 言いながら、ステファンは、白い何かを座席に置いた。


「とにかく、行きましょう。いつまでも路上に止まっている訳にもいけませんからね」


 はあ、と、美代は気のない返事をしつつ、ステファンが座席に置いた白い物を見る。


 結局、今までのやり取りはなんだったのか。つまりは、ステファンは、美代のことではなく、この白いモノのことを言っていたと?


 その時、白いモノから、ピョコンと何かが飛び出した。


「う、うそ!ひょっとして!!」


 美代は慌てて、そのモノの側に腰を下ろして顔を近づける。


 飛び出したのは、耳。猫の耳だった。


 続いて、両足に、ふさふさの尻尾が飛び出してくる。


「白くて、小さく丸まっていて……ひょっとして、シ、シロちゃん?!」


 驚く美代へ、白いモノから白猫に変わったモノは、しっと、黙るように指示を出す。


「そう、四郎と呼ばれてるけどシロだよ。美代ちゃん。助けに来た」


「本当に?!シロちゃん助けに来てくれたの?!」


 声が大きいと四郎は、美代へ注意すると、弱々しく、にゃーーんと鳴いた。


「あたい、今はただの子猫だから」


 ちらりとステファンに視線を移し、四郎は美代に黙るよう再び注意する。


 ごくごくと、頷く美代をよそに、ステファンは、馬車の扉を閉め言った。


「実は、この子猫をうちの馬車が引きかけたんですよ。猫のことですから、放置しておこうかと御者は言っていたんですがね、人だかりもできはじめて……まあ、小さいし、手のひらサイズだから邪魔にもならないかと思って……。弱りきっているようですから、ひとまず、屋敷に連れて帰ろうかと」


ステファンは、美代に、ここだけの話を語った。


「ステファン様、放置するおつもりだったんですか?!それじゃあ、助からないじゃないですか!」


 四郎を馬車に乗せなければ、美代がこの窮地から抜け出す事はできないだろう。つまりは助からないのだ。どの様な罰則を課せられるか、身の安全は保証されていないのだから、とにかく、四郎と共にいるのが最善だろう。猫とはいえ、知り合いと一緒にいるということも美代には心強かった。


 それに四郎がいれば、八代に繋ぎを取ってもらう事も容易い訳で、美代としては、是が非でも、四郎を馬車に乗り込ませ、側にいて欲しかった。


 ステファンの気が変わらないよう、やはり、猫だから馬車から下ろす。などと言わせないようにしなければと、美代は焦りに焦る。

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