「ははは、やはり、美代さんも年頃の女性ですね。アクセサリーに目がないか」
「い、いえ、あ、あの、お店の飾り付けがきれいで……それに、ドレス姿の方々がいて……」
「ああ、そうてすね、確かに、ここでは、女性は皆、ドレス姿だ」
ステファンは、得心した口ぶりで美代に言う。美代は、なんだか心の内を見透かされた感じがし、はずかしくなったが、とにかく、目に入る店の佇まいも、街行く人々が色鮮やかな洋装を纏っているのも新鮮で衝撃を受けていた。
そして、自分が、外を見たいが為に馬車の窓に、まるでへばりつくかのように密着していた事に気が付いた。
田舎から出てきたお上りさんのように滑稽に写っているかもしれないと美代は、はっとした。
とても、爵位をもった方の前で行うべき行動ではなく、むろん、美代自身、礼儀作法上、これはないだろうと思う。
美代のそんな戸惑いに気が付いているのかいないのか、ステファンは、腕組しながら考えていた。
「本来、少し店を回ってみるべきなのでしょう。ですが……今は目立ちたくないのが本音で……」
確かに。憲兵を振り切って勝手に敷地に入っている。美代は、許可証も持っていない。
と、いうことは……。
美代は、慌てて窓から体を離した。作法云々の前に、自分は完全に禁句を犯している。外から姿が見えては、実はまずいのではなかろうか。
即座に美代は、埋もれるかのよう座席に小さくなる。
すると……。馬車が急停車した。
ガクンと大きく車内は揺れ、美代はまた座席から転がり落ちそうになった。
「おっと!美代さん、危ない」
ステファンも、体制を崩しながら、それでも美代を支えようと腕を差しのべてくる。
「いや、まあ、見物も良かろうとは確かに思いましたが、どうして御者に通じたのだろう?馬車を止めるなんて。今は、少しタイミングが悪いのになぁ……」
ステファンは、美代を支えながら、ぶつくさ言っているが、それよりも、何か外が騒がしい。
馬が嘶き、御者がなだめようとしている声が聞こえて来る。
「……おかしいな。外で何か起こったのでしょうか。見てきます」
もしかしたら、美代の事がバレ、馬車は止められた。そして、なんらかの言い争いが起こっているのではないだろうか。一抹の不安が美代に過った。
ステファンは、扉を開けて外へ出ると、御者の所へ向かった。
騒ぎ声は止まない。
さすがに美代も気になり、目立たないように窓から外を覗いてみた。
「いや……、まいったな……」
ステファンが、困り顔で呟きつつ御者と話し込んでいる。
これは、やはり、美代の事がバレてしまったのかも。
あり得ることだと美代は震え上がった。
そうこうするうちに、通りを行き交う人々も足を止め始めた。
(まずい!見つかっちゃう!か、隠れなきゃ!!)
本来ならば、八代へ助けを求められるのだが、ここは、日ノ本の国の者は立ち入れない場所。頼れる人は誰もいない。美代は、置かれている状況に怯えつつ、とにかく、見つからないようにと、座席ではなく、馬車の床に座り込む。
これで、窓から美代の姿は見えないはずだ。
外で、ざわめきが起こっている。人が集まり始めているのだろう。やはり、何らか問題が起こっているのは間違いない。
人々の声が飛び交い始め、騒ぎは徐々に大きくなっていく。果たしてこのまま、馬車の中に隠れるような事をしていて大丈夫なのだろうか。
美代が恐れながら小さくなっていると、さっと馬車の扉が開かれた。