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第14話

「何事だっ!通行の妨げになるっ!馬車をさっさと動かせっ!」


 カーキ色の軍服、すなわち、あらゆる治安に目を光らせる憲兵の印に身を包む若者が怒鳴りながら近づいて来た。


 街の秩序が乱れると言いたげに、彼は任務を遂行しているのだが、


「立て込んでいるだけだ。下がれ」


 八代が冷たく言い放つ。


 その一声に、憲兵の顔色が変わった。邪魔な馬車を注意しただけの事なのに、良く見れば側には何故か黒い軍服姿の男がいる。


 もしや、噂に名高い隠密ではなかろうか?!


 隠密は、時に警護対象の影武者を勤めるなど、その特殊な職務から、滅多なことでは世の表側には出て来ない。ただ、隠密という役目の人間がいるということは皆に認識されており、他の軍人と区別するため黒い軍服に黒馬を使い、とにかく黒ずくめであるという噂だけが独り歩きしていた。


 人々は、格好から八代を隠密と見破ったのだが、職務のために近寄って来た憲兵も、聞き及んでいた人物を見てしまったからか、即座に姿勢を正しビシリと敬礼すると、


「し、失礼致しましたっ!!隠密様が尋問なされているとは露知らずっ!職務の邪魔をしてしまいましたっ!!」


 大声を張り上げ、敬意を示した。


 普通では絶対的に立ちいれない宮中の警護までも任されているのが隠密。憲兵は緊張しつつ敬礼したまま直立不動になっている。


 自分は何に巻き込まれたのかと、ハラハラしつつ、八代の言葉を待っているのはあきらかだ。


「……聞こえぬのか?下がれ」


 しかし、憲兵へ返って来たのは、氷のように冷たい言葉だった。


「は、は、はい!し、し、しかしながら……異国人の馬車が問題を起こしているようですので……」


 憲兵は自分の勤めを果すべきかと、更にビシリと背筋を伸ばし、恐る恐る八代へ返答する。


 居留地への出入り口を守る門番の役目としては、異国人が関わっているということから、自分も対応すべきなのでは?と憲兵は言いたいらしい。


 そんな生真面目な姿に、八代はうっとうしそうに目を細める。


「職務に忠実なのは結構。しかし、これは、我らの管轄である」


 睨みを効かせ、八代は言い放った。


 八代から見れば、素人に近い憲兵の登場は実に不快そのもので、なおかつ口出ししようとする態度に少々苛立ちを感じていた。しかし、美代の前だ。見苦しい姿というよりも、できる限り、影、としての仕事を見せたくないという思いもある。


それなのに側でごちゃごちゃ粘られては進むことも進まない。美代の靴を履き替えさせなければならないのに、邪魔が入りと、八代はさすがに焦り始めた。この憲兵をなんとかしなければ……。


「わからぬのかっ!邪魔だっ!!」


 ついに、八代は叫んでしまう。


 ピリピリとした空気が流れ、憲兵は敬礼姿のまま、固まりきった。


「貴様!」


 やもうえまいと、八代は憲兵に歩み寄る。


 街の番人と憲兵が民に恐れられているのを、当然八代は知っている。ということから、美代を怖がらせてはいけない、そして、やはり、自分達の影の仕事は見せられないと配慮して、八代は馬車を離れたのだが、それは、憲兵にとっては思いもよらない事だった。


 あの隠密自らが近づいて来て、側にいる!


 憲兵は、声もでないほど緊張し、硬直しきった。


「とにかく!わからぬのかっ!私が役目を果たしている。貴様は、下がっておれ!」


 これでもかと、睨み付けられた憲兵は、緊張から、もう、どうしょうもなくなり、ぶるぶる体が震えていた。それでも、敬意は示さなければと直立不動の敬礼姿を崩さない。


 八代から見れば、もはや、ただの木偶の坊にしか写っておらず、苛つばかりだった。


 「もうよい!とにかく、下がれ!手だし無用だ!!」


 ついに、八代の怒りが爆発する。


「は、はいっ!!!」


 あまりの迫力に、憲兵も、勢いだけの返事をしてしまった。


 この隠密と憲兵の争いを、馬車の中からステファンが呆れながら見ていた。


「なにも、あのように騒がなくとも……というより、何をしたいのだろうか?……いや、これは……!」


 口ごもりつつ、ステファンは何かを思い付いたようで美代に、人差し指を口元に当てて、静かにするように合図を送る。


「しぃっー、ですか?」


美代はうっかり呟くが、声を出してしまったと、両手で口をふさいだ。


「はい、良くできました」


 にこりと笑い、ステファンは腰を上げ、開け放たれている馬車の扉を注意深く、音を立てないように締めた。


 続いて、コツコツと天井を小さく叩き御者に合図する。


「よし、行きますよ。美代さん!」


 ステファンの言葉と同時に、パシッと勢い良すぎる鞭の音がした。

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