そこへ──。
馬の足音が近づき、美代の名前が
連呼され、
「美代様!!ご無事ですか!!」
落雷と等しき雄叫びと共に、馬車のドアが勢い良く開かれた。
そこには、美代の見慣れたそして登場を待ち望んでいた人物がいた。八代だ。
常に厳しい表情を浮かべている彼が、今はいつもの何十倍もの近寄りがたい面持ちを美代へ向けている。
「美代様!!!」
八代は片膝をつくと頭を下げた。
「この八代、馬の一頭も扱えぬとは一生の不覚でございました。なんなりと、私に罰をお与えください」
必死に謝る八代の勢いに、やや押されつつも美代は、やっと安心できた。
正直、八代が何故ここまでかしこまっているのか美代には分からなかったが、もう、一人ではない。八代か適度にステファンの相手をしてくれるだろう。八代の登場は、非常に心強いものだった。
「八代!助かったわ!これで外交問題に発展しない!私、どうしようと、困っていたのよ!」
「……美代様、今、なんと仰せになられました?」
八代の鋭い双眸が細められ、すっくと立ち上がると、腰に下げるサーベルに手をやった。
「異国人!貴様、美代様に何をしたっ!!」
八代の気迫に驚いたステファンは、自分は何と答えるべきかと考えあぐねながら、この状況を把握しようと必死になっている。
「美代様をいきなり馬車に乗せ、人攫いの様なことをしでかし……外交問題と因縁を吹っ掛けてくるのか!馬車の中で、美代様を脅したとはっ?!なんという姑息なっ!!」
卑劣極まりないと叫び、八代は、サーベルを抜いた。
キラリと光る鋭利な切っ先に、ステファンは度肝を抜き、当然、言葉が出ない。正しくは、何故サーベルを向けられているのかという、この現状が理解できない。
「きゃーー!八代!やめて!そんな物騒なもの振り回さないで!」
刃を抜かれては美代もたまらない。思わず、鞘に納めるように八代へ命じるが、
「私は、振り回してはおりません。確かに、どうゆう理由であれ、美代様の前でサーベルを抜くとは、由々しき事。大変失礼いたしました」
八代は、はっとした顔をし慌ててサーベルを納めた。
刃が仕舞われた事にステファンもほっとしたのか、ふうと小さく息をついている。
が、美代は改めて思い出していた。
「八代!サーベルよりも、大事なものがあるでしょ!持って来てくれたわよね!」
ステファンは、あれこれ居留地の中へ入る方法を語っていたが、そう、美代は、勘違いだらけの挙げ句、ステファンの屋敷に招待されてしまっている事になっている。手土産、いや、献上品を用意しなくてはならないと焦っていたことを、そして、八代が用意してくれるはずと信じていたことを思い出していた。