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第11話

(こんな時は、どうすれば!)


 美代の気持ちだけが焦るその時、馬車が停車した。


 が──。


 ステファンは馬車から降りる気配をまるで見せない。一体、何がどうなっているのだろう。


「仕方無い……」


 ステファンが呟く。


 同時に、美代も何食わぬ顔をしつつ、心の内では、ひいいいい!と、叫びをあげていた。


 来る時が来た。恐ろしくて仕方ない。震えてはならぬと美代は必死に身構えるが、カタカタ小刻みに体が勝手に揺れてくれた。


(八代!助けて!!)


 ついに、ここにいない人間に助けを求めてしまうほど、美代の心は極限に達しつつある。


「無事に終われば良いが……」


 ステファンがトドメのような事を言った。


(いやぁーーーー!やっぱり、無理!八代!!)


 とうとう最期が来たのかと、美代はギュッと目を閉じ黙りこんだ。


 すると、美代の名を呼ぶ者がいる。と、いうべきか、どこからか、名を呼ばれている。


「美代様ーー!!」


荒々しい蹄の音と共に、八代の叫びがした。


「や、八代?!」


 美代の心の叫びが届いたのか。まさか。そんな。


 美代は半信半疑で、馬車の窓から外を見た。


「美代さん!顔を出してはなりません!厄介なことになる!」


 ステファンが慌てている。


 何を言いたいのか美代にはさっぱり伝わって来ないが、確かに自分の名前が連呼されているのだ。八代が、やって来たのか、確めさせて欲しいとばかりに、美代は、ステファンの制止を無視して、窓ガラスを叩き八代に合図を送った。


 美代の屋敷にも馬車はあるが、両親が乗り回している状態で、美代はまともに馬車に乗ったことがなく、窓の開け方を知らなかった。


 八代に分かれば良いのだからと、美代は窓ガラスをコンコン叩いて合図を送ったのだ。


 まあ、無作法、そして、今の状況では、実に不味い行動だろうが、勝手に馬車のドアを開けて外に出るよりは良いだろうと、美代なりのとっさの判断だった。


「いや、ですから、美代さん!止めてください。面倒なことになる。こちらは、穏便に通り抜けたいのに、隠密まで呼び寄せては、通り抜けできなくなる!」


 ステファンが、慌てながら美代を制した。


「え?通り抜け?」


「はい。もう、居留地に到着しました。しかし、敷地は塀で囲まれており、出入り口は一ヶ所なのです。そこを通過しなければ、敷地内へは入れない。そして、そこには、門番として憲兵が立っている。必ず、出入りの確認があるのです」


 曰く、日ノ本の国の人間が敷地に入るには、特別な許可書が必要なのだとか。


 出入りする者もほぼ決まっている。つまり、身元がはっきりしているいつもの面々が、通り抜けるという具合なのだ。


 しかし、美代は、許可書を持っていない。特例として、居留地の住人、つまり、ステファンが招待したならば、その時限りという縛りはあるが、敷地に入ることができる。ただ、それも、事前に許可を取っておかねばならない。


 美代の場合は、許可書も事前の許可も取得していない。


 ステファンは、自国、ドラムント王国大使館の客だと言い張り、どうにか通過しようと思っていた。


「最悪、床にしゃがんで頂いて、荷物のふりをしもらおうかと思っておりましたが、相手は、日ノ本の国の憲兵ですからね。なかなか、手厳しい。そんな子供騙しが通用するとも思えません」


 やれることをやれるだけやってみようと、ステファンは先程から、あれこれ考えていたそうだ。


「えっ?じゃあ、ステファン様は、お怒りになっていた訳ではなく、私を手打ちにしようとも思っていなかった……」


「手打ち……ですか?」


 ステファンが不思議そうな顔をする。


「はい。私はてっきり……」


 安堵と勘違いしていた恥ずかしさから、美代はうつむきポツリと言った。


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