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第10話

 で、結局のところ、美代はどうすべきなのか?


 招待を受けている、だけではなく、奇病の振りをしなければならないらしいが、果たして、そこまでして行く必要のある場所なのだろうか?


 そもそも、どうしてこうなったのかと、美代は再び記憶をたどる。


「おや?やはり、具合が?美代さん、辛そうですね……」


「へっ?!」


 ただ、考え込んでいただけ。それで、厳しい顔つきになったのかもしれないが、しかし、ステファンという人物は、美代をどうしても病人に仕て上げたいようだ。


 さすがに美代も苛立って来る。別段どこも悪くはないのに、辛そうだと言い続けられ、奇病持ちと扱われる寸前なのだから。つい、裏返った声も出てしまう。


「おや、本当に酷いな。声までおかしくなっている……」


 ステファンは、美代が発した呆れ声を聞き考え込んでしまった。


「あ、あの!ステファン様!もう、ハッキリさせましょう!私は病気ではありません。すべては、あなた様の思い込み、勘違いなのです!ですから、もうこれ以上、馬車に乗っている事は私にはできません!」


「美代さん?」


「ですから!とにかく!道端でお騒がせはいたしましたが、私は、これ以上、ステファン様のお世話にはなれないのです!どうか、わかってください!」


 胸に溜まった、わだかまりをついに言いきった美代は、ふうと息を吐く。


 隣のステファンは、たちまち眉を潜め美代を見つめる。向けられる碧い瞳は、本当にガラス玉のようで透き通るその奥の奥まで、美代は吸い込まれそうになった。


(何て綺麗……!いけない!私ったら!)


 殿方へ、じっと視線を送ってしまった。いや!これは!やってしまったのではなかろうか?!


 ステファンは、無言のままだ。もしや、機嫌をそこねてしまったので

は?少し、いや、かなり口調が厳しかったかもしれない。


 外交問題。


 美代はその言葉に震えた。


 絶対的に、問題になる。ステファンは、おそらく、伯爵として、男としての威厳を失ったと口を閉じてしまったのだろう。


 すべては、美代が正直に思いの丈を吐き出してしまったから……。


 もう少し、言葉を選べばよかった。歯向かう様な物言いが、やはり、不味かったのだ。


「美代さん。黙ってくれませんか?」


 少しの間の後、ステファンが口火を切るが、それは、美代にとってかなり衝撃的な言葉だった。


(やっぱり、不愉快にさせてしまっんだ!どうしよう!)


 美代のこめかみに、嫌な汗が一筋流れた。


 話しから理解するに、ステファンは、さほど上流の立場ではなさそうだが、日ノ本の国では、異国人は煙たがられながらも、数々の特権を与えられている。


 暮らし向きは自国と同じに。日ノ本の国の規律下では生活しない、つまり、治外法権を与えられ、それ意外にも細かな特例で彼らは守られている。


 確かに、居留地という一ヶ所に閉じ込められる形にはなっているが、結局、諸々の待遇が異なる異国人と日ノ本の国の人間との軋轢を避けるために、住居を分けているという話も美代は聞いたことがある。


 ということは、すべて、ステファンに有利であって、美代の物言いが気にくわないと、お上に訴えられてしまえば、やはり、外交問題に発展するのは目に見えている。いや、怒りを買って、ここで手打ちにされることもあり得るだろう。


(三門家の家名どころか、自分の命も風前の灯ということ?!)


 何てことを仕出かしてしまったのだろうと美代は恐怖に怯えた。とはいえ、今あからさまに取り乱すのは、やはり、日ノ本の国の女子として、華族として、いや、妃選出家の者の行動としては、みっともないに尽きる。


もしも、の事を思い、せめて置かれた立場らしい振る舞いをせねばと、美代は膝に置いた手をグッと握った。


「困りましたね……やはり、あなたが、問題だ」


 きたっ!と、美代は目をギュッと閉じる。


 これは想像以上に怒らせている。


 美代は覚悟を決めた。


 最後の最後まで、恥ずかしくない振る舞いをせねば……。確かに、三門家は、没落寸前てはあるが、その名前は世の中に通っているのだ。なによりも、妃輩出家の誇り、即ち帝への忠誠心というものがある。これを忘れる訳にはいかない。しいては、帝御身の恥になりかねないのだから。


 実に模範的な覚悟を決めた美代だったが、実際のところ、まだ十六歳の子供とも大人とも言えないお年頃。さすがに、知らす知らすのうち、膝がガクガクと震えていた。ステファンの上着を被せているから、震えは目立たないだろうと、美代が問題の人物を見やると、何故かそのステファンは、馬車の窓から外へ目をやっていた。


「美代さん、これから暫く黙っておいてくれますか?」


「は、はい!お、仰せの通りに!」


 これは、かなり、いや、完璧に怒らせている。美代は取りあえず、従う素振りをきちんと見せようと試みて、つい、声が大きくなってしまった。


 ステファンは、外を見ながら腕組みをして考え込んでいる。


 その所作は非常に美しい気品あるものに感じられたが、美代には、逆に嵐の前の静けさ状態で恐ろしくて仕方ないものだった。果して、ステファンは、何を考えているのだろう。当然、美代の処遇についてに決まっている。


 生きた心地がしないとはこのことかと、内心穏やかではない美代の面持ちも、体もすっかり固くなっていた。

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