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第6話

 八代とは生まれた時からの付き合いだから、美代の事ならすぐ察してくれる。実に便利な、いや、頼りになる男なのだ。


 事実、靴の補強も即座に行ってくれた。気くばりと機転の良さは、門代家に仕える者の中でも随一で、それ故、煌の護衛も兼ねているというより、どうも、とてつもない実力の持ち主のようで宮中でも一目措かれる存在らしい。美代が生まれる前は、宮中に詰め、帝の影、つまり、影武者となったこともあったとかなかったとか噂がある程だった。


 当然ながら、それほどの実力者。門代家に仕えるその他の影、隠密達を束ねる立場であり、時には、当主である煌の代理を任せられてもいる。八代という男は、三代、門代、両家から頼りにされているのだ。


 その信頼に答えるため八代も日々精進しているが、如何せん、只今の主要警護対象は、美代と煌。そう、二人ともお年頃の女学生と来れば、おそらく三十路そこそこなのだろう八代の手には負えない未知なる乙女の世界というものが立ち塞がってしまう。


そこで近頃は、どうも少女雑誌を買い占め女子の流行りというものを掴み、時には物陰で、女学生言葉を喋りと、乙女の心理を学ぶ為の鍛練を人知れず行っているようだった。


 実は、門代家が抱える隠密には、男だけでなく女もいる。しかし、八代を越える実力者がいない。よって、男の八代が、女の美代と煌の二人を警護するしかなかった。


 そんな中で、女隠密の出番はと言えば、美代が風邪のような些細な病気にかかった時ぐらい。美代の身代わりとなり学校へ行く為だ。


 ここでも、帝の妃候補という理由が働いていた。


 妃候補は御子を授かる役目も課せられている。いや、それが主な役目と言えるだろう。元気な御子を授かるためにも、候補者は病弱であってはならない。


 体調不良が世間に知れない為に、そこで美代専用の影武者となる女隠密の出番が来る。そして、美代の影武者が出てきたときは、必ず煌が側にいた。


 女隠密と煌が二人一緒にいることで、本来の従姉妹という関係に見せかけることができ、確実に周囲の目を誤魔化すことができる。また、何か起こった場合は、煌がすぐに前へ出て上手く立ち回る事ができる。


 その間、美代はというと、休んでいる自分の屋敷で八代に守られることになる。しかし。人間のこと。体調ぐらい崩すであろうし、風邪ぐらい誰でもかかる。身代わりなど立てなくともと、美代本人は思っているようだが……。


 帝の御子を授かる役目の女子となれば、とにかく健康第一。否、頑丈な体を求められ、病気で学校を休んだなどと外に知られては、妃選出において不利になる。病弱な娘であると、正妃の座を狙っている残りの二家に余計な噂を立てられる。


つまり、足を引っ張られる可能性が大きいということで、火の無いところに煙は立たぬと、真相を確かめる事もなく、美代は病弱で寝たきり、とても妃など勤められる状態ではないと判断される事になりかねない。


 煌は、立場上、他の選出家の嫌がらせを幾度となく見ており、また、立ち向かって来た。時には、美代の為に、こちらから他家へ仕掛けることもあった。


 姑息なことも進んで行う。それが影として生きる門代家の役目だと煌はもちろん理解して、美代、いや、三門家の為に力を尽くしているのだ。それだけに、美代へ小言が多くなる。


 すべては、美代の為に。その一心であるのにも関わらず、煌からすれば、美代には妃候補という自覚がまるで見られず、三門家が資金難という理由から、美代は、材料費など追加料金のかかる特別授業まて休みがちだった。


 費用を払えないという理由がまた、煌にとってはあり得ない話であり、これこそ外に漏れれば、三門家の醜聞になりえる。もちろん、他の選出家は、鬼の首を取ったかのように振る舞うだろう。


 三門家どころか、煌の家、門代家までもバカにされ、宮中から隠密としての信認もたちまちなくなってしまう。


 美代の行動ひとつで、すべが決まるという状況を上手く補佐して行く為にも、煌は、ひたすら自身の役目を全うし、従姉妹とはいえ、ある意味従者でもあるという、少し歪な絆で結ばれた関係に従って、小言を言っているのだが、周囲がその様に苦労しているとは露知らず、美代だけは、没落寸前の家の為と節約生活を送り、威厳も何もかも放り投げている。


 そして今──。


 あろうことか、あってはならない事態、美代が病人ということになり、実際とは真逆、煌に仕える女中になり、異国の伯爵の屋敷に招待されるごとで、その馬車に乗せられている……。


 再び動き出した馬車に揺られながら、美代は再度状況を整理しようと試みた。


 そう。馬車に乗せられた時から、美代もおかしいとは思っていたのだ。


 どうして、ステファンの妙な話に付き合って大人しく馬車に乗っていなくてはいけないのだろう。確かに、招待を受けてはいるが……。


 起こっている事を、やっと疑問に思い始めた美代だったが、ひょっとして馬車から下ろしてくれと言っても良いのかもと、思いついたとたん、突如、けだるさを覚え加えて瞼が重くなって来た。

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