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第5話

 選出三家には、それぞれ未来の正妃となるかもしれぬ妃候補を警護する役目の家が付く。いわば、光と影の関係とも言えるのだが、この護衛は三家の縁続きの家が代々受け待つことになっていた。三門家の場合は、あの煌の家、門代家が担っている。


 将来の正妃に決まるかもしれない女子に何か起こってはならないと、四六時中美代の警護を担当するのが、煌の家、門代家の責務で、その立場から、宮中にも出入りする護衛専門、つまり、隠密と呼ばれる集団を束ねる立場にもついていた。


 光があってこその影。そして、親族ともなれば、その結束は固く、三門家に女子が生まれた祝いとして、門代家は、大砲で末広がりになそらえ、八十発もの祝砲を撃つほど喜んだという。


 それほどまで、熱い、影である家が、美代の護衛についている訳なのだ。 


 つまり、門代家は常に三門家の警護、しいては、正妃選出のことしか頭になく、家が傾くほどの浪費癖も三門家の為と了承しておりで、重要な役目の家が破産寸前、没落華族になろうとも、身分と立場を考えろと、美代の両親に浪費の拍車をかける始末だった。


 おまけに、門代家は三門家の護衛という名の影で、光が輝かなければ影も生まれない。などと美代の両親に無茶な事を言われても、当然だと門代家は同意しまくっている。


 愚かな話と、理解しているのは、美代だけで、せめて、少しでも家から出ていく資産を守ろうと、ご令嬢と呼ばれる立場でありながらも、美代は節約生活にいそしんでいた。


それは、伯爵家という家柄の人間とは思えない程、極貧庶民以上の倹約ぶりで、どうみても、美代が帝の正妃となり日ノ本の国の国母となるかもしれない立場にいるなど想像すら出来ない状態だった。


 爪に火をともす様な生活ぶりから派生する質素な姿は、まあ、ステファンが、美代のことを女中と見間違えるのも仕方なしといった具合なのだが……。


 さて、美代自身は何故女中に間違えられているのかが分かっていない。


 せっぱつまって始めた節約生活。それが過ぎてしまい、今では、節約出来た時の達成感に酔ってしまうほど、美代にとって妙に心地よいものになっている。とどのつまり、節約にはまってしまってしまい、もはや、趣味、いや、生活に欠かせないものになっているのだが、美代は気がついていなかった。節約の結果、自分が、女中と間違えられような姿であるなどと。


 そこは、護衛をする煌も目くじらをたてるほどで、端から見ても、そこまでするかと理解不能に等しく、事あるごとに、しみったれ、みすぼらしい、などなど、あらんかぎりの呆れ言葉を煌は、美代へ放出してしまうほどだった。挙げ句、美代に甘えているなどと、どこをどうすればそうなるのか分からないが、決まって精神論の小言へと発展する有り様なのだ。


 確かに、妃候補を守るという義務を持つ煌からすれば、対象である三門家は繁栄すべきで、美代は妃と呼ばれるにふさわしい気品を備えて欲しいと思うもの。


 お古の地味な着物に身を包み、ぱっくり口の開いた靴を履くなどあり得ない事で、煌は彼女なりに、早世した父の跡目を継いだ責務と、従姉妹という関係から、美代の立身出世を願い自然口煩くなっていた。


 ともあれ、何事か起これば煌が前に出る。しかし、今、その煌がいない。それでは、この場は美代一人ではまとめられない。かといって、わからない、できないと、異国の伯爵ステファンの招待を断るのは、儀礼上このましくないというのは、美代にも理解できる。


 本心は、馬車から下ろして欲しい。が、ステファンには、ゲストとまで言われてしまっている。素直にお誘いを受け入れ、献上品を用意した八代が戻ってくるのを待つのが筋なのだろう。と、美代は馬車に揺られながら決意した。


 あの早さで馬を走らせたのだから、八代の戻りはもうすぐだろう。そもそも隠密である彼が物事をしくじるということはあり得ない。大丈夫。大丈夫。八代が戻って来ればすべてうまくまとまると幾度も美代は自分に言い聞かせる。


 献上品を用意するには出費がかさむ。何のために、ステファンが美代を招待してくれたのかという疑問も残るが、問題は、美代がよそ行きのお洒落着でないということだろう。招待を受けているのだ。通学用の着物は、いかがなものだろう。


 没落寸前華族ではあるが、およばれの着物というものを、美代も持っていた。もっとも、母が一度手を通しただけで飽きてしまった着物であるけれど……。


 大丈夫だ。八代がいる。彼ならば、美代の屋敷から着替えを持ってきてくれるだろう。美代は、襲ってくる不安を避けるべく、三門家警護の隠密、八代の事を考え続けた。

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