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第4話

 一方、馬車の中では、ステファンが呆気に取られている。


「あの隠密は、何がしたかったのだろう。まあ、美代さん、君の安全は守られた……ようだから、安心しなさい」


「安全ですか?」


 美代も何が起こっているのかさっぱり分からない。


「とにかく、君は暴君のような雇い主から離れるべきだ。ひとまず私の屋敷で様子を見よう」


「伯爵様の御屋敷で?」


「ああ、その伯爵様は無しだ。ステファンで良いよ。君は、私のゲストでもある訳だしね」


「ゲスト……ですか?」


 確か、客人という意味合いだったと美代は思うが、それならば、すぐに八代を追いかけるべきだろう。


 どうやら招待を受けてしまったようだ。少なくとも他家へ招待され手ぶらで向かうのは、図々しいを越えている。しかも、相手は異国の伯爵。これは、下手をすれば外交問題になりかねない。


 何が適当な手土産を八代に用意してもらうのが一番なのだが、いや、八代のことだ。それを見越して準備に走ったのかもしれない。


 とはいうものの……。


 実に厄介なことになった。異国の伯爵家に招待されたその手土産となると、それなりの品を用意しなければならないだろうし。


 品物の選択は八代にまかせれば、完璧だが、問題はその費用。


 美代は、ふと、袴の裾から顔を覗かせる、ハンカチで縛り補強した名前ばかりの靴を見た。


(絶対無理!我が家のどこに品物を用意するお金があるというの?!)


 やもうえまい。また、煌に借りるしかないのか……。


 美代が苦渋の選択をしていることなどステファンは、知るよしもなく、自らの屋敷について、使用人について、やや、気難しいが気にしないようになどと、一人語っている。


 それを聞き、美代は思う。これは本格的な招待であると。


 この際、手土産の費用のことは考えまい。外交問題に発展してはいけない。そこだ、そこなのだと、美代はつい、身震いした。


 煌に言われた事が思い起こされる。


──もったいなくも、帝の妃を選出する家系──。


 そう、ぱっくりと口が開き、ハンカチを縛り付け補強したブーツを履いているが、煌の言った通り、自分はそれなりの家に生まれ育っている。


 つと、自身の身分を思い、美代は身震いしてしまったのだが、ステファンは、


「おや?美代さん、お寒いのですか?いや、まだ、春が終わろうかどうかという季節……もしや、それほどまでに具合が?!」


 などと、重病人扱いしてくれている。


 美代はただ、良家中の良家、否、日ノ本の国でも上位の家に入るほどの家柄の自分が、手土産一つ、いいや、この場合は献上品だろう。それすら用意せず、大胆にも異国の爵位を持つ人間の馬車で同席しているという大事を起こしてしまったことに、恐ろしくなっただけなのだが、誤解は深まる一方のようで、ステファンは、おかしなことを言ってくれる。


 それを正さなければと思えば思うほど、行き詰まり感につきあたってしまうという苦難に美代は陥っていた。


 両親の浪費がなければ。あの、浪費癖さえなければ。日ノ本の国の華族として恥ずかしくない品を用意できるのに。美代は、ふうと、ため息をつきつつ、心の中で、煌に工面してもらうのは、これで何度目だろうと、なかば、泣きそうにもなっていた。


 そもそも美代は、帝の正妃、側妃など、御子を授かる為に仕える選出三家と呼ばれる家柄、三門家、三田家、三河家に属する名門の生れであり、その三家の中でも、もっとも正妃を選出して来た三門伯爵家の一人娘なのだ。


 しかし、この何代かの間、三門家には男子しか恵まれず、帝の妃候補選出に参加することが出来なかった。


 そこへ、女子である美代が産まれた。当然、一門は手放しで喜んだ。女子がいないが為に、他家に見下され、宮中でも選出家としての立場が失くなって来ていた。


嘲り、嫌みなどなど、侮辱からひたすら耐え続けていたその時に女子の誕生とくれば、今までの反動か、美代の両親は、落ちぶれた三門家を再興するといきごんで、あらゆるものに金をかけ始めた。


 なかば忘れられていた三門家の顔を売らねばと、ありとあらゆる集まりにも足を運び始める。当然、衣装だなんだと交際費という物が発生し、それは借金となり雪ダルマ式に増え続ける。


 ところが、借金で首が回らなくなっているにも関わらず、美代の両親は三門家の特殊な立ち場、つまり、帝の御名を利用して、正妃に選出されれば三門家は帝と縁戚関係になれるなどとあろうことか吹聴し、三門家再興の為に贅沢を極めたのだった。


 もちろん、美代が正妃になるかは、分からない。妃の候補として、確かに選出家は、その家の女子を差し出す。が、そこから先は、宮中の奥深く、帝の側近達が決定することになっている。選出家は、何事にも口出しできない。


にもかかわらず、我が娘は正妃になるのだ、などと得意気に美代の両親は自慢して行くものだから、欲にまみれた取り巻きが増え続けた。


 多額の借金があると分かっていても、帝の後ろ楯があるということにいつのまにかなってしまっている以上、皆、頼んでもない資金提供をしてくれる。


こうして、積もりに積もった雪ダルマ式借金はついに雪崩を起こしてしまい、無惨にも、三門家は没落寸前、風前の灯となってしまった。


 それでも、一度味わってしまった蜜の味を忘れ得ない美代の両親は、懲りる事なく、天下の三門家とばかりに、それにふさわしくと、贅沢三昧の暮らしに浸っているのだった。


 当然ながら、いさめる者はいない。その役目である者さえも率先して堂々と振る舞えと贅沢を奨励するのだから……。

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