──ガラガラと小気味良く、馬車の車輪の音が響き渡っている。
規則正しい音は耳に心地よいものだが、さて。
「あ、あの、あの、私……」
美代は困惑しきっていた。
履いていたブーツが使いものにならなくなった。だから、歩けないとしゃがんでいただけなのにどうして連れ去られるように、馬車に乗っているのだろう。
「どうかしましたか?」
前に座る異国の青年は、優しくしかし、とこか哀れむように美代へ声をかけてくれる。
「え、えっと、あのぉ……」
彼の柔らかな口調に美代はよけいに戸惑い、言葉が出ない。
自分はどうすれば良いのだろう。いや、ちょうど良い、このまま学校へ送ってもらおうか?などなど、考えを巡らせているその時、わっと悲鳴のような物が往来で沸き上がった。
「……しつこいな」
馬車の窓ガラス越しに外を覗いた青年──、ステファンが呟いた。
同時に暴走に近い馬の足音が響いて来る。
「美代様!!」
美代の名を呼ぶ声と共に、人々の悲鳴が大きくなった。
「美代さんでいいのかな?どうやら君の雇い主が、君をとりもどすために刺客を放ったようだ。安心したまえ、君のことは私が守る」
「え?刺客ですか?えっと、それは?伯爵様」
確か、なんとか伯爵と名乗っていたはずと、美代は思いだして向かいに座るステファンへ丁重に答えたが、なんとなく答えになっていないような気がすると思い直し、じっと伯爵だろう異国の青年を見た。
「美代様!!いけません!!その者は異国人です!喋ってはなりません!」
馬車の外から聞こえる叫びに、美代も思わず窓から様子を伺った。
黒馬に跨がった八代が必死の形相で追いかけて来ている。
往来の通行人などはなからいないかのように、馬の胴を蹴り速度を出している。
通行人は突然現れた馬にはね飛ばされてはたまらんと、わあわあ騒ぎながら逃げ惑っていた。
しかも、現れたのは黒馬、そして、黒い軍服の男、とくれば、隠密、つまり、一番関わってはいけない種類の人間たと皆分かっているのか、馬を走らせる八代以上に人々は緊張した面持ちで逃げ出していた。
「こんな人混みの中を……致し方ない」
危険すぎるとステファンは読んだようで、馬車の天井をコツコツ叩き御者に合図する。
それと共に馬車は速度を落として停車した。
「な、なに?!」
いきなり止まった馬車に八代は焦りきった。
ステファンは、八代と話をつけようと馬車を止めたのだが、八代にとっては急なこと。慌てて、握る手綱を引くが、全速力で走らされている馬にはそれが効かない。
馬は驚きヒヒィーンと嘶き、前立った。八代は手綱を握り、振り落とされまいと、どうにか堪える。だが、馬にはそれが合図となったのか、はたまた、刺激となったのか体勢を取り戻し、更にスピードを上げて走り出した。
「なっ?!と、止まれっ!止まらぬかっ!馬!!」
動揺する八代。暴れ馬だと騒ぎだす通行人。往来は、手がつけられないほど騒がしくなる。
そして……。八代を乗せた黒馬は、あらん限りのスピードで駆け抜けて行き、美代が乗る馬車を追いかけるどころか、追い越して行ってしまった。
先では、
「美代様ーー!!」
と、どこか悲痛な八代の叫び声が流れていた。