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第17話 ターニングポイント

 暗闇の中で一人の女が佇んでいる。

 その顔は闇に紛れていて見ることはできないが、どうやら隣に側近のような男がいることは見て取れる。


 それなりの権力を持つものか。

 あるいは、力による絶対支配を謳ったものか。

 またあるいは、ただの愚者か。


 否、その女が醸し出す独特のオーラはそれのどれでもなかった。

 ただそこにいることが当たり前のようで、違和感など誰も描くことはない。


 そんな女がさて、と座っていたいかにも高級そうな椅子から立ち上がる。


 持っていた飲み物のカップを隣で控えていた男が受け取ろうとして、女はそれを拒否した。

 そのままカップから手を離す。


 もちろんそうなれば慣性の法則に従って、それは自由落下するわけだが。

 地面につく前にはそれはもう消滅していた。


 何が起こったのかはわからないが、側近は大変満足そうな顔を浮かべている。

 女はそれを気持ち悪がりもしなかった。


 大胆不敵に口元の笑みを深めたのが見える。



「ねぇ、《ハンター》どもはどう動くと思う?」



 立ち上がった身長から想定するに、年齢は高校生かそれ以上か。

 雰囲気が大人びているので詳細はわからない。


 透き通ったアルトのボイスに反応して側近らしき男はふむ、と顎に手を当てる。



「少なくとも、奴らは彼を標的にするでしょうね。止めなくていいのですか?」

「____私が奴らの作戦、研究を止める理由がどこにあると?」



 チラリ、と自分よりも背の高い側近を見上げた女はそう尋ねた。

 尋ねられた側は、それをいってもいいのかと少し逡巡したようだった。


 が、女の方が言え、といったので少し間を置いてから男は答えた。



「なぜならば、彼はあなたの獲物でしょう?」



 ほぅ、と女の声が半音下がったような気がする。

 男は何か地雷を踏んでしまったのか、と身構えかけたが。



「さすがね、私のことをよくわかってる」

「____ありがたきお言葉です」



 女は、その声を上機嫌そうなものへと戻したのだった。

 いいや、それは上機嫌というよりも狂気か。


 事実、彼女によって支配されているこの場の空気に何かピリピリするようなものが混ざったような感覚を側近の男は味わったのだから。



「でもね、私が目をつけた彼が《ハンター》にやられる、なんてことはあってはならないのよ」

「……ですが、奴らは」



「世界中を股にかける暗部社会最大級の組織、と。少数先鋭を信条とする私たちとは方向性が違うけれども。それでも・・・・、よ」



 異常なまでの執着心とは裏腹に、単純な達成は面白みがない。

 人を動かして遊ぶゲームを今自分は行っているんだ、とでもいうように。




「ね、これくらいで壊れてくれはしないよね。




 ***




 カチャン、と進は自分の寮の部屋で右手に持った箸を落とした。

 コロコロ、と転がっていってしまうので慌ててそれを手に取り直したが、どうして唐突にそれを落としたのかは意味不明であった。



(一瞬、意識が飛んだ?)



 まさかそこまで疲れていたのか、と進は自分の自分の体に問いかけた。

 もちろんそこから返事はない。

 もしも返事があったらめちゃくちゃ怖い。


 流し台でジャージャーと箸を水で洗って、水滴を切ってから進は再び食事のために椅子に座る。



「何か、懐かしい気配が」



 するわけがないか、と進は自分の思考を否定する。

 こんなところにまで自分を追いかけてくる人間はいないだろう、なんて。


 本当にそんな人間がいるのだとしたら、自分の体から返事がある以上に怖い出来事かもしれない。


 人間の力で次元間を越えるというのは____あくまでも現代技術では____できないだろうから。



(つか、それが可能だとか書いたのはアインシュタイン大先生だっけな)



 ____確か、特殊相対性理論……だったか?



 時空の定義、ブラックホールの高エネルギー性。

 どれをとっても、進にはよくわからないことであった。


 興味がないことにはとことん意欲を示さない進らしい知識である。



 そんなことを考えているとピンポーンと部屋のインターホンが鳴った。



(こんな時間に……?)



 もう日は落ちて、夜に近づいてきているというのに今更誰かが来た、と?

 なんなんだ、と思いながら進はマイクの方に近づいて。



「俺だ」

「私よ。わざわざ来てあげたんだから、バカみたいなことをしてないで入れてくれない?」


「あ、はい。光さまでしたか。どうぞお入りください」



 鍵を開けると同時、目の前に呆れた顔をした光が現れた。

 つまり目があったらポ○モンバトル____。



(いやいや、勝つビジョンが見えねぇよ!)



 という冗談はどうでもいいのでおいておくとしても、



「どうしてこんな時間に俺の部屋に?」



 こんなところ他の人間に見られたらやばいだろ、と進は光に言う。

 彼女は、まぁそうねといってから進に案内されて部屋の中に入ってくる。



「今日くらいは落ち着いて話さないといけない、とう思ったからここに来ただけだわ」



 そうして放たれた言葉は真剣身を帯びていて、故に進は光をじっと見つめ返した。

 面倒臭いことに関わりたくはない、ではない。


 それは俺を巻き込むつもりじゃないだろうな、というそんな目線。


 そんな目線の意図を正確に読み取ったらしい光は、首をゆっくりと横に振りながら椅子に腰掛けた。



「進は、巻き込まれるんじゃないわよ。もう、すでに巻き込まれているの」


「それは、光と会ってから俺が襲撃された事件のことを言ってるのか?」



 進の問いには、紛うことなく肯定の念が返ってくる。

 グデー、と同じように腰掛けた椅子からずり落ちながら進はため息をついた。



「えぇ〜。なんとなくわかってたけどさぁ。マジかよ」


「マジよ。というか、それについての警告なんだけど。“奴ら“の第一標的が私じゃなくなったみたいなの」


「どうして」


「理由はわからないわ。私が組織に対してそこまで脅威にならない存在だと判断されたか、あるいは奴らの目的の達成に必要な何かが見つかったか」



 後者はともかく、前者はないだろと進は心の中で突っ込んでおいて。

 それから思ったことを口にした。



「ってかそれ。お前の近くにいた俺を先に殺すってことじゃね?」


「だからそのための警告なのよ!」



 となると、それ相応の対策が必要になってくるかと進は考えた。

 この学園の管理下にある間はひとまず安心と言ったところだろうが問題は管理下に置かれずプライベートな時間を過ごしている時だ。


 最悪、常時性対抗手段を持たない進では暗殺で一発あの世逝きと言う可能性もあるか。



「でも奴らは俺が標的だ、とも言っていなかった?」


「聞き出そうとしても口は割らなかったわね。聞き出す前に逃げられてしまったし」

「そうか……」



 それは本当に進にとっては動きずらいものだった。

 自分が教われるとはっきりしていれば常時警戒を怠ることはないのだが。


 進は自分自身のことだから一番よくわかっていた。



(俺はどこかで、“狙われているのは俺じゃない“なんて思って逃げ出してしまう)



 進はそこまで強い人間ではないから。

 強くない生物は逃げることに特化してしまう。


 《錬金術》はある意味それに特化してしまっている。

 人間が弱さを埋めるために生み出した学問だと言っても過言ではないから。



「とりあえず、警戒……とか言ってる場合じゃもうないのか」

「え?」



「だってそうだろう? 光のいうその組織とやらが本当に余裕を持っていないのなら光にターゲットの変更なんて話をわざわざするはずがないし……、それに」



 進はそこで一呼吸置く。

 ここからが一番大事な部分だとでもいうように。


 ゴクリ、と光の唾を飲む声……は聞こえなかった。

 喉元も動いていなかったので、そもそも唾自体飲み込んでいないのだろう。


 そして進は高らかに宣言する。



「主人公サイドが動き出した頃にはもう手遅れというパターンがお約束だからな!」



「やっぱりあんたのそのつまらなさそうな話を最後まで聞こうとした私がバカだったわ。一回、出直してきたら?」


「いや、出直すも何もここは俺の部屋____」



「出産あたりから」


「いや理不尽!?」



 クスリ、と光が笑った。

 進もそれを見てニコリと微笑む。


 この家に入ってきた時の光よりは、今の笑っている光の方がいくらか力が抜けていて安心できる、そう進は思ったのだった。



「まぁ、長居するのもなんだから私はここら辺で帰らせてもらうけど……。気をつけてね進」


「あぁ、ありとあらゆるテンプレ的展開を熟知しているこの俺を舐めるなよ」

「多分全く信用できない言葉だから舐めたままでいさせてもらうわ」


 ____あぁ、それと。敵の名前は《ハンター》よ。



 帰り際にそんな話をして、光は颯爽と去っていってしまった。

 進はそんな彼女の背中が見えなくなるまで目線で追い続けて、それから星の出始めた空に向かって小さくつぶやくのだった。



「なぁメモリー。本当は俺に何をさせたくてこの世界へ送り込んだんだ?」



 回答は返ってこない。

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