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第13話 一方で

 一方その頃の話。

 進の転入が知れ渡る前。


 彼が通うこととなる教室の三つ隣の教室で、光は普段学校では見せないような幸せそうな顔でムフフ、と顔を歪ませていた。


 まぁ、それだけで場の雰囲気を掻っ攫ってしまうだけの美貌を彼女は持ち合わせているのだから天は彼女を少しは気にかけてくれているのだろう。



 そんなこともあって、いつもは学校では他人を、特に異性を寄せつかないと言わんばかりの行動をとっている彼女だったが、今日に限ってはそうではない。


 というか、両腕で頬杖をかいても、絵になってしまうのである。



「……えっと、光。大丈夫? 頭打ったりしてない? 薬物使用の疑いで警察呼ぼうか?」


「あのねぇ、私が表情崩したくらいで薬物疑われるんだったら、この世界のほとんどの人間は警察に連行されてるわよ……」



 そんな彼女に話しかけたのは、どちらかというと黒くセミロング寄りのショートヘアをサラサラと揺らした少女だった。


 その赤い目が真っ直ぐに光を射抜くので、光は少しだけ顔を逸らす。



「というか、この時間にちゃんとあんたが登校してるのも珍しいわね、結」


不眠不休オール状態だから、ね」


「ちゃんと寝なさい」



 白羽 結しらはゆい


 光と一番仲が良い女子で、彼女自身もそれなりの容姿を持っている。

 が、しかし当の本人はあまりそれを気にはしないタイプのようだった。


 ちなみに、中学校の時はこの少女、髪を伸ばしていたのだが邪魔だからという理由で中学校卒業間際にからはずっとショートを貫き通している。


 ____ついでに、だが。

 中学校の頃に髪を伸ばしていた理由は、切りに行くのが面倒だったから。



「私はこの生活に慣れてるからいいんですーー。というか、問題は光、あなたの方よ」


「何も問題はないと思うけど」



 ふんっ、とその結に向かって光は目線を返した。



「そうはいってるけどさ、明らかに今日は幸せそうな顔をしてるじゃない」


「別にそんな顔をしてはいませんーー」

「いや、してるからね?」



 自分がどんな顔をしているのか自分ではあんまりわからないんだよ、と結は少しだけクマのできた目をこすりながら言う。


 あんたにはそれを言われたくないわね、と光はため息をつきながらそう返した。

 えー、と結はそれに対して不満そうな声を漏らす。



「というか、なんでそんなに今日は機嫌がいいのさ。男でもできた?」


「おとっ、男って……。別にそんなんじゃないわよ」

「ほう?」


「距離を詰めてきても教えはしないからね。というか、普通に顔が近い!」



 ボンッ、と光と結の間空気がはじけた。

 完全な不意打ちのそれを受けて、結のほうが大きくのけぞる。


 しかしそれは、それは予知していたものを軽くいなすような動作であった。



「____さすが、ね」


「実戦になればどうこう言ってられないけど、普段の光の攻撃は受けすぎちゃって、ね」


「結が《風神》を使わなきゃならないような状況を普段から作りすぎなのよ!」


「いやぁ、そんなに褒めなくても」


「おいコラ、どこに褒めてる要素があったってんだ?」



 光が呆れ気味にそう突っ込んで、しかし話題を逸らすまでには行かなかったようで。

 結が目で何があったの、と興味津々に見つめ返してきたので、光はため息をひとつこぼす。



(____まさか、本当に進がこの学校に来ることになるとはね)



 光が彼を誘ったのには変わりがないのだが、決断したのは彼自身だ。

 多少強引に、説得を試みた自分が今になって恥ずかしくなってくる。



(それに____)



 光は、一瞬だけ結の方から目を離して教室から窓の外を眺めた。

 そこでは今日も今日とて燦々と太陽が地面を照りつけている。


 そのもっと奥。

 そもそも物質のその先を見つめるような、遠い目で光はつぶやいた。



「そもそも」



 “奴ら“と彼が本当に敵同士なのか、ということすら確認が取れていないのに、と。

 しかしその声は最後まで発せられることなく、途中で入ってきた担任と生徒たちの移動音でかき消されてしまった。


 それから、だ。

 いやはや、機嫌の良い時の体感時間というものは意外と早いもので、光の気がついた頃にはもう朝のホームルームは終わって他人はギャーギャーと青春の一幕を演じていた。



(さぁて、進は大丈夫そうかな?)



 そう思って、立ち上がった時にふとその横目に見慣れた少年が映った気がして彼女はハッと振り返る。


 案の定そこには光のよく知る進の姿と____あれは、No5だろうか。



「そっか、進は彼と同じクラス……」



 ボゥ、とその姿が見えなくなるまで他にバレないように目線で追って、彼の姿が見えなくなってもポーッと。



(いや、)



 ハッと我に返って、光は両頬を手で押さえ込んだ。



(いやいやいやいや、何考えてるのよ私!)



 隣を歩いていたあの白の髪の人間____如月みことが羨ましいだなんて。

 進に惚れたとか腫れたとかそんな問題ではなくて、昨日まではあそこにいるのが自分だったから。


 それが少しだけ、寂しく感じるだけだ。

 それ以外のなんでもないのだと光は自分に言い聞かせた。



「でも、そっか。ちゃんとこの学校に馴染むことができそうでよかった」



 そこだけはちゃんと口にしなければ納得がいかなかった。

 言い換えれば、得体の知れない気味の悪いよくわからない少年である進が、自分以外にもちゃんと受け入れられていることに対して。


 光はさて、と呟いて思わせぶりに席を空ける。



「?」



 それに気がついたらしい結が首を傾げていたのだが彼女はそれには気が付かなかった。

 光がやることは単純明快。


 彼女が頭の中に思い浮かべている“奴ら“について少しずつ探りを入れていくことだ。



(これをやれば、私と知り合いだとバレている進にも被害が増大する可能性があったからね……。その点この学校の寮に住んでもらえば危険は減る)



 少なくとも自分の私利私欲のために光は彼を“流星学園“に転入させたわけではない。

 そういった打診、打策、その他諸々を含めて今の現状を作り出したのだ。


 もっともそんなもの後付けの言い訳でしかないのだが。




 リーリンリーリンリン、と光のスマホから着信音が響いた。

 なんの編集もしていない初期設定のままの簡素な着信音が。


 そこに表示された名前を見て、光は少しだけ口角を上げた。



「もしもし?」



 それに出ると、電話越しに男の声が返ってくる。

 進ではないし同年代、でもないだろう。


 一学年以上は年上か。


『もしもし、頼まれてたもの・・・・・・・用意したぜ?』


「ありがとうございます、友野ともやさん。ちょうど今から行動を開始しようと思っていたのでナイスタイミングです」



 だろ、と自慢げな声が返ってきて光はそれに無言を返す。

 相手もそれに反応があると鼻から思っていなかったのか、ふぅとどうやら息を吐いたようだった。



『で、本当に俺が手伝わなくてもよかったのか? アレはお前一人で尻尾を捕ませてくれるような組織じゃないと思うぞ』


「____でしょうね。……今までだったら」

『? それはどういう』



「友野さんに襲撃の連絡を入れたそのあと一週間後にも実はもう一度襲撃……というか攻撃にあってるんです」

『……あぁ、あの街中のゴーレム事件か』



 言われた方が面倒くさそうに言う。

 光はそれに対して、すみませんと謝る。



『お前なぁ、あの事件の後処理を全部俺に任せやがって……。街の再建設費何円かなったと思ってやがる……』



 さぁ、と光は首を横に振った。

 確実にどれくらいの額になるのか予想できた上で、その額の大きさに現実逃避をするような。



「それでも一括払いで済ませてしまえるあたり、さすがですね」


『俺の金はそんなことくらいにしか使う用途がないからな……。定期的に膨大な量をに使用しなきゃ自分でも金の勘定がつかなくなるし』



 さすが、と光は苦笑する。

 電話の先にいる人間が一年間でどれだけのお金を手に入れているのかは予想がつかなかった。



『とにもかくにも、だ。俺の手助けがいらないというのなら俺はあくまでも情報提供だけにとどまらせてもらうぜ?』


「はい、どうしてもというときには頼らせていただくかもしれませんが」



 光がそう言うと、電話の向こうから失笑が返ってくる。

 その後、お前は何を言っているんだ、と。



 圧力。



 否、物理的なそれではなく言葉でのそれであった。



『そのためにこの肩書きは存在してるんだよ』



 そうですね、と光は返してなんの前触れもなくプツリと電話を切った。

 単純にこれ以上話す必要性がない、と彼女が判断した結果だ。



「さて、と。それじゃぁ行きますか」



 星見琴光は不敵に笑う。

 決して歓喜を混じらせたそれではない。


 どちらかと言えば狂喜にも似た。



「私はあなたたちの組織を許さない。たとえこの身が滅びようとも」



 あるいはまるで怨嗟のような。

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