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第12話 如月みこと

「よろしくな、進」



 進が異世界の学校に編入して最初に話したクラスメイトは白髪で碧眼の、周囲からは少しだけ浮いた雰囲気を纏ったそんな少年だった。


 初めに話した理由は単純で席が隣だったから。



「あぁ、よろしく」



 それでも進は嬉しさを覚えて、そう返した。


 基本的に、転入生というものは人間関係で劣ってしまっているから、こうして早々に人間関係というものを構築できる可能性があるというのはいいことなのだ____と、前の世界の親友がぼやいていた記憶が進にはある。


 しかし、髪を染めているにしては綺麗すぎる髪をまじまじと見つめていると、そいつは進に対して苦笑をこぼした。



「この髪色は元から、なんだよ。ちょっとした理由で色素が抜け落ちてしまってさ」


「……色素が抜け落ちた、って。肌とかに結構な刺激がいくんじゃ? えぇと____」



「あぁ、俺の名前は如月みこと。よろしく、は今言ったか」



 爽やかな雰囲気とは裏腹に、元気で活発なイメージを与えつけてくる笑みだった。


 大胆不敵、警戒心を持ってはいない。

 否、警戒せずとも戦闘になれば進を力尽くで押さえつけることのできるという自信の現れか。



「了解、みことね。つか、呼び方みことでいいか?」


「ん、別に大丈夫だぞ? 呼び方なんてはっきり言ってどうでもいい」



 笑いながら言っているので、本当に彼にとってそんなものは些細なことなのだろう。

 そうなると、ボケたくなるのが進の性分である。



「じゃぁ、ちょっとそこの男子! って呼んでも?」



 おかしげに口元を歪ませながら言ったそれに対して、一瞬みことは目を点にして。そこからククッ、と吹き出しながら役を演じるように返してくる。



「うっ、うっせーな。ちゃんと掃除やってるっつうの!」


「ふんっ、どうせ私がみている間だけなんでしょう?」

「ちゃ、ちゃんとやってるつってんだろ……!」



 先に笑いを堪えられなくなったのは、果たしてどちらだったか。

 大きな声を出すわけにはいかなかったが、二人が下を向いて必死に揺れる肩を押さえていたのに、周囲の人間は気がついていた。



(なんだこの茶番……)



 自分の行動に若干の馬鹿らしさを覚えていた進だったが、少なくともこっちの世界でも通じるネタの一つを見つけたのだった。



(え、あのおっさんで試したらどうだったんだって? ありゃぁダメだな)



 どんなネタでも即席で対応してくるから、この世界で通じるかどうかは推しはかることができないのだ。


 進の中では、あのおっさんある意味最強説が確立されようとしている。



「なんだ、お前面白いな」



 みことが進に、そう言ってきた。

 まだ若干肩が揺れていることから分かる通り、相当笑いのツボにハマってしまっているようだ。


 進は一足先にそこから抜け出して、みことを見返しながら笑いかけた。



「お前こそ、ノリがいいなノリが」

「あいにくさま、ノリが悪い人間なんてハッピーな高校生活遅れねぇよ!」


「全国のノリの悪い人間に謝れ」

「いや進、多分その発言も誤ったほうがいいかもしれないよ?」



 サラサラサララ……、とみことの髪は彼が動くたびに滑らかに動く。


 光の髪質と似たような____つまり、手入れされた女子の髪の毛と同じような感じだった。

 進がどうして光の髪質なんてものを知っているのか、は他人の想像にお任せしておいて。



「ところでさ、せっかくの友達第一号くんに頼み事があるんだけど」


「呼び方はどうでもいいとは言ったけど、友達第一号って呼ばれるのはちょっときつい……」

「ってのは置いておいて」


「放置しないで!?」



 なんかこのやりとり、光といるときとは進の立場が逆転している気がしないでもないのだが、ともかく進はこれから学校生活をしていく中で最も重要であろう依頼をみことに注文した。



「学校案内、してくれない?」



 いやそこまでいったんなら最後までボケろよ、となぜか軽く怒られた進であった。

 やはり如月みことという少年は、ノリがいいようだ。



「ま、断りはしないんだけどな」

「サーンキュ」


「なんだその変な発音」



 進たちがそんなことを話していると、見広が教師に呼ばれたようだった。



「っと、悪い案内はまたあとだ」



「問題ないさ。どうせこの後も授業が入っているんだから」

「ちっ、進の学校案内を名目にして堂々と授業をサボる予定だったのに」



 ちょっと腹黒いところが見えた気がしたが、本人はにこりと笑っているだけだったので進はいってこいとジェスチャーする。


 あちらも了解と言ったように、手のひらをひらひらと振るとそのまま教室の外へと消えていく。


 それを確認した進は窓側の席であることをいいことに外でも見てぼーっとしておこう____なんて甘い考えは数秒後に吹き飛ばされることになる。



「ねえねえ、」「進、お前どこからきたんだ?」「ウエポンは「何系の能力を?」「なんのゲームしてる?」「つか、そもそも」「趣味って」



 人混み。


 約数十人の人の圧。


 都会の密集とは異なる、明らかに自分を狙ったもの。



(こ、これが転入生効果……。話す友達が|里奈《幼馴染》と|見広《親友》と……あと名前の知らない後ろの席のやつしかいなかった《セカンド》とは全く違う……!)



 密かな喜びを噛み締めていた進だったが、結局みことが戻ってくるまでの十数分間はミツバチに襲われるスズメバチの気分を堪能することになってしまったのだった。




 ***




「わぁお、人気者だな進」


「おいこらみこと。後から悠々と帰ってきて、ニヤつきながらそんなことを言うんじゃありません!」



 ただでさえ顔が整っているのに、その顔からはなられる歪んだ笑みも十分魅力的なんですよ、というBL臭が臭わないでもないその思考を進は追い払って、見広を見返す。



「で、用事は済んだのか?」


「ん、大した用事でもなかったからな。せいぜい数学の教師に十回連続出してない宿題をそろそろ出せと注意を受けたくらいだ」



(それを大したことではない、と済ませてしまっていいのだろうか……)



 いや、よくないだろと心の中の疑問に、心の中で自問自答した進はしかしアハハと微妙な笑みを体に貼り付けることしかできなかった。


 ____なぜなら、進自身も身に覚えがあったから。


 というか、日常的にそんなことを行いすぎて危うく親を呼び出されるところまで行きかけていた、というのはナイショの話だ。



「で、学校案内だっけ?」


「お、おう。なんか強引に話題を逸らされた気がしないでもないんだが……まぁ、うん。そうだな」



 学校に転校してきて一番最初に発生するイベントは何か。

 それは、もちろん学校案内である。



(あ、いやそれはラブコメか?)



 やはり進はみことルートを辿るのだろうか……。



(絶っっ対にいやだからな!? 俺は同性愛者じゃないんだから!!)



 冗談はさておき。


 真面目に考えれば、異世界系の学校生活の始まりはだいたい身分の上の相手に絡まれるんだよな、と進はオタク脳を駆使して思い出す。


 しかしまぁ、あくまでここは“地球“という異世界なのだから、身分差もクソもない。

 つまり、“貴様如きがこの学校に通うだと、冗談も大概にしろ“とか“バカな……伯爵である僕がこいつより弱いなんて“とかそんなイベントは発生しないのだ。


 発生するとしたら……、と進は考える。



(S級とかA級とか、そういうのでマウントをとってくる奴らだろうけど……。今のところは特になし、か)



 時々常識がぶっ飛ぶことを数週間で学んだ進だからこそそんなイベントも起きるかな、なんて思ったものだったがどうやら杞憂だったようだ。


 何やら物足りないような感覚を味わったのは気のせいではないはず。



「進?」



 無意識にちぇ〜、と声にした進をみことは不思議に思ったらしい。



「ん、なんでもない」

「そっか」


「何考えてたんだ、とかは聞かないのか?」


「いやいや、今進が考えていたことなんてどうせ聞いても意味のないことだろうし、どうでもいいかなぁ、と」


「確かに」

「納得するんかい!」



 進はククッと笑いをこぼした。

 見広がそれをみて、何やら奇怪なものを見るような目をした気がしないでもなかったが進はいったんそれを無視することにした。


 いちいちボケていたら、流石の進でも疲れてしまうのだ。



「じゃ、学校探索言ってみよう!」

「おいこら待ちやがれ進。お前が仕切っても何もわからないで迷子になるだけだから」


 颯爽と駆け出そうとした、進の肩が掴まれて____


(こい、つ。意外と力強いな、おい)


「ちゃんと楽しませてやるから、黙ってついてきやがれ転校生」

「うす、よろしくお願いします」

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