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第11話 《流星学園》

 そうして、言野原進は今現在。


 《セカンド》の時とはまるで比べ物になら来くらいの大きさの、しかも能力研究その分野においてはかなり有名な高校の教室の前で呆けた顔で立ち止まった。


 どうしてこうなった、と心の中で嘆いてみるもそんなことを後悔しても仕方がない。

 自分でイエスと言ってしまったのだから。



(……もっとも、俺に与えられた選択肢はイエスかはいだけだったけど)



 深いため息を、一度だけはぁと肺の中から吐き出した。




 ***




「私たちの学園……ここ《流星学園》に転入しない?」



 進はその時自分がどんな言葉を返したのか覚えてはいないが、おそらく相当間抜けな声だっただろうとは予想がついた。



「いやいやいやいや、ここまできて学校に編入? え、誰が?」



 だからこそその言葉の意味を理解してから、改めて目をパチクリさせながら混乱したように言う。

 このお嬢様はいったい何を言ってるんですかね、といった風なニュアンスを大いに含ませながら。


 それに対して返ってきたのも、キョトンとした声だった。



「進が、に決まってるでしょう?」


「ハッハッハ、そうだよな。だったらその進くんとやらを探してよう」



「あんたでしょうが! というか誤魔化して逃げようとしない! あとあんたは一応怪我人、休んでなさい、いい? 抜け出したりしたら殺すわよ」


「イエス、マム! ありがたき理不尽!」



 これだけ騒いでも苦情がこないと言うのは、周りに一人も人がいないからのことだろう。

 もしかしたらというか、ほぼ確実にこの保健室には大人もいないのだろう、とそれだけで予想はついた。



「つまり、男女が保健室で二人きり、これは何もないはずが……グヘッ、グヘヘへ」


「その場合は進が狩られる側に回るだけだと思うけど。もしそんなことになったらしっかり搾り取ってあげるから覚悟してネ?」


「あ、やばい。俺多分、今命と貞操の危機に直面してるわ」



 具体的に何が搾り取られるのか、なんて野暮な質問はしないが少なくとも煩悩に支配された進が想像するようなそういう展開にはならないことが予想される。


 文字通り、初体験と言う意味では貞操の危機かもしれないが。



 ____死の初体験三途の川の観光ができるかもしれない。



(うん、光様は清いままでいてほしいですね。うん、きっとそうに違いない)



 ヒェェ、と若干青い顔になりながら進は冗談まじりにそう思った。

 流石に口にすると観光先が川から空の上に変わってしまいそうだったのでむやみやたらに進がそのことを発言することはなかったけれども。



「ところで、ここを勝手に使ってしまっていいのか? ってか、あのおっさんは?」


「ん、許可はとってあるから大丈夫よ。それに、ここは校舎内じゃなくて外で怪我した時の緊急搬送用の場所だしね」



 へぇ、よくわからんと進は返す。

 そもそも、学校の保健室が複数箇所あると言うのが信じられない話だ。



「それもS級の特権?」


「権力ではあるけど、使用許可に関しては特権ではないわよ。……それに、怪我した人がいるんだったら見捨てたくないしね」



「優しいことだな」


「そう? 進もそんな感じだと思うんだけど」



 にっこり微笑んだ光が皮肉げに進に向かって言い返してきたので、進は目をそっと逸らした。

 自分でもそうする、そこまで彼女に見透かされているとなんとなく恥ずかしくなってしまった進であった。



「で、あのおっさんどこいった?」



 進は一応礼を言わないといけないな、と思っていたのだが、光は首を横に振った。



「お礼はいらないって。あの人はお酒買いに行ったよ」


「あんな戦闘の後なのに、あのおっさん酒買いに行ったのかよ!?」



「うん、話がずれにずれまくってるわね」



 そう光が言い出したのでチィ、と進は舌打ちする。

 せっかくいい感じに話を逸せていると思っていたのに。



「私をごまかせるとでも?」

「まじさーせん」


「……まぁいいわ」



 ベットの上で進は速攻土下座。

 おそらく側から見れば奇怪な光景以外のなんでもなかっただろうと進は後々思い出して感じた。


 そんな超低姿勢な進を見ていじることさえも諦めたらしい光は再び進に問いかける。



「で、もう一度言うけどさ。進、私たちの学校に編入しない?」

「いやぁ、遠慮しt」



「あ、言っとくけど答えは“はい“か“イエス“か“もちろん“の三択から選んでね?」


「ひ、否定の言葉がねぇ……理不尽だ」



 項垂れた進の言葉に、光は満足そうに微笑んだ。

 それからしばらくして、その笑みを顔から消す。


 真面目な顔に変わったのを進はその目ではっきりと黙視する。



「……実は私や進を襲った人間が所属している組織は大体見当がついているのよ」

「だったら____」



「私一人でできることにも限度っていうものがあるのよ。そこらの組織なら一日とかからずに殲滅することだって可能だけどね。多分……そんな小規模の組織じゃないの」



 進は珍しく光が弱気だということで、その話が本当に困難なことだということを悟った。

 だったら。



「だったら尚更、ここに編入する意味がわからない」


「ここは現在日本で一番最強の砦なのよ。生徒数が一万人を超えるってのもあるけど、それよりもあらゆる組織が恐れる日本のTOP2が在籍しているの」



 簡単な軍隊くらいなら、ここにいる生徒だけで駆逐できるわよ、と光が言って進は身震いをした。



「ちなみにきくけど、その二人はどれくらいの強さで?」


「そうね……。この学校の序列でいけば私がNo3なんだけど。No2には多分私が、十数人いれば攻撃の一発くらいは届くんじゃないかしら。No1は、あれ無理ね・・・



(そこまでとは……)



 確か前にも上の二人には勝てないみたいなそんなことを言っていたよな、と進は光とこれまでの会話を思い出す。


 そこまでこの光に言わせるだけの力を持っている人間の《ウエポン》を見てみたいという衝動にかけられたが、一旦落ち着こうと進は呼吸を深くした。



「そこまでいうのならここ……“流星学園“だったけ? に編入してもいいけどさ」



 戸籍的な問題は解決してるのだろうか、と進は遠い目をした。

 異世界人にはおそらくこの世界の戸籍なんてものはないのだ。


 進はなんか勝手に部屋はもらっていたけど、それが合法的なものなのかもわからない。



(あのメモリーが、この世界の人間がそこに行き着くまでの認識を阻害してる、とか?)



 進は黙っていても仕方がないので、異世界から来たということは隠しておいても、戸籍問題は光には話すべきだろうと考えた。


 それで、光が自分に拒絶感を抱いたのだとしたら、結局関係性がそこまでだったというだけの話だから。



 果たして、光からの返答はこうだった。



「ん、そんなものお金積めばどうにでもなるでしょ」


「おい賄賂!?」




 ***




 本当に強引に引きずり込まれたな、とそう思い返してもう一度深いため息をついた進はそれから数回深呼吸を繰り返した。


 この世界の名門校といっても差し支えのないこの場所に少しだけ居心地悪さを感じる。



(まぁ、最初はそんなもんなのかね)



 気持ちを柔らかくするためにあえておどけたような声を心の中でこぼした進はその瞬間に教室の中から出てきた教師に入ってくるように言われたのだった。


 進の姿が目に入った瞬間に周囲がどっと沸く。


 それは別に進がイケメンなわけでも男子受けしそうなかわいさを持っていたからでもない。

 ただ、周囲は新たなライバルの登場に沸いているのだ。



「っ……」



 それを雰囲気で感じとった進は、一瞬顔をカチンと固めたがすぐにその頬を緩ませる。

 上がった口角はこれからの学校生活に何か未来を感じているかのようなそんな不敵なものだった。


 大きく息を吸い込んで。



「どうも初めまして、今日から転入することになった言野原進です。《ウエポン》を使うのって実は得意じゃないんですけど、頑張るのでよろしくお願いします!」



 《ウエポン》を使うのがついではない、ということを言った瞬間に少し怪訝そうな顔をされたが、すぐに全員が納得したような顔になる。



 ____つまりこいつは、流星学園という《ウエポン》という分野において他よりも頭ひとつと言わず飛び抜けた場所に編入しても満足してはいないのだ、と。



(いやいや、本当にほとんど使ったことないからね!? なにこの異世界のテンプレ展開)



 なんて、そんな単純な話でもないだろう。

 進はこのクラスの面々を一度しっかりと見渡して、そこできちんと再認識しておく。


 一クラスは約五、六十人と言ったところか。



(こいつら全員が俺よりも格上だと思わなければいけない、のか)



 同時に、歓喜にも似た感情が進の全身を駆ける。









 そうして、どこかでだけかが待ちくたびれたかのように、あるいはこれからを見据えて面白くなりそうだとでもいうように呟いた。



「やっとね、《錬金術師》。さぁ、異世界生活殺し合いを始めましょう」

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