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第7話 《ウエポン》

 結局、光は進に《ウエポン》の使い方を教えることはなかった。


 というよりは、そもそも《ウエポン》というものは常時感覚的に発動するもので、意識的に発動させようにもまずはその基本を体が覚えなければならない、らしい。


 感覚的、という曖昧な表現に進は首を傾げたが《ウエポン》というのは要するところ、擬似的な魔力である《|能力の核《オーブ》》を操作するものなのだからそれもそうか、と納得した。



「じゃぁ、その操作ってのを覚えたら光は俺に使い方を教えてくれるのか?」



 進はそう聞いたが、光はそれに対しても首を横に振る。



「そこまでいけば、自己研鑽を積んだ方が成長効率はいいと思うわよ。そもそも、《ウエポン》は人それぞれなんだから同系統の人間以外に習ってもそこまで意味はないわよ?」


「結局教える気がないってのはわかったよ!」



 進は突っ込むようにそう叫んで、ふと辺りを気にしてみて誰も進達の会話に目をひいてないことに気がついた。

 これだけ大きな声を出していれば、少しくらいは苦情が入ってもおかしくはないと思うのに。


 そんな進の心のうちを読み取ってか、光は右の手を胸の位置まで掲げながら言う。



「私の《ウエポン》は《風神》。早い話、風を操る能力と言っておけば伝わるかしら」

「へぇ?」



「とはいえ、操れるのはもちろん空気の流れだけじゃないわよ? たとえば今は、私と進以外の人間にこの会話が聞こえないように音を遮断してる」


「空気の振動を?」


「正解。私の場合はこれができるようになるまで時間がかかったわね。進も自分の能力を極めようとするんならそれ以上の時間は必要だと思うわよ?」



 結構な時間、とはいったいどれくらいのことを指すのだろうかと進は考えた。

 少なくとも一、二年なんてそんな期間ではないことはわかる。


 五年か、十年か、それ以上か。


 光の年齢のことを考えると十年くらいが妥当な計算か。


 つまり、星見琴 光という少女と言野原 進の間にはそれだけの技術的な格差が存在するのだ。



「というか、進。あなたそもそも何で《ウエポン》が使えないの?」


「っ、本当は使えるんじゃないか……ってか?」



 そんなことを聞かれるということを失念していたので、進は咄嗟の受け答えで当たり障りのないところに収めることしかできなかった。


 光の方にももちろん義面点は残っているのだろうが、彼女が進の事情に無粋に突っ込んでこないのは幸いなことだろう。



「ううん。進からは嘘をついているようなそんな独特な空気の揺れはないわ。でも進からはもっと別の……これは?」


「ん? なんか俺変なのか?」



「いや、えぇ……。なんていうんだろう、うん。わからないわね」



 光はそういうが、進からすれば彼女のその言葉の方が謎めいていた。

 やはりこの少女は自分のことを少なからず疑っているのだろうか、と心配になる。


 進はただ単純にこの少女と仲良くしたいだけで、そこに打算なんてそんなものはないのだから。



「ま、わからないことはとりあえずおいておいていいんじゃないか?」


「そうね……。というか今思ってみれば、進。あなた最後の最後に《ウエポン》使ってたじゃない!」


「あ、そういえば。でもあれ、よくわからないままに使ってたからな……。ほら、火事場の馬鹿力的なアレだよ。知らんけど」



 いや、本当に進自身何が起こったのかよくわかっていないのだ。

 確かにその瞬間に進は自分が何かをしたことは知覚していたが、それ以外具体的に自分が何をしたのか一切覚えていない。



「あの感覚を掴めば?」


「そうね。少なくとも《|能力の核《オーブ》》は問題なく働いているようだから、残った可能性は本当に進が感覚をつかめていないっていうそれだけでしょうね」


「マジで?」



「マジで、よ。無意識下でできたのに、意識的にできないっていうのは意識しすぎているからってのもあると思うわよ?」



 たとえば、いつの間にかできるようになっているブラインドタッチを意識してやろうとしたら失敗するように。

 何かをする、ということに思考というものをくくりつけるとそこに無駄な動きまで含まれてしまうように。



「だから、せいぜい自分でその感覚を意識的な無意識下で使えるようになることね」

「うへぇ……」


「そこ、弱音を吐かない!」

「イエス、マム!」



 進は、密やかに笑う。

 なにかが面白かったわけでもなく、ただこれから何をしようかな、なんて思ってみたりして。



「しっかしあの襲ってきたやつはなんだったんだ?」



 急に現れたと思えば、光がどうだこうだと変なことを言いやがったんだよな、と進は少し前のことを思い出してみた。

 殺し屋、と一概にまとめてしまえば早い話だったが、そのなかでもあれは暗殺者に寄っていたような気がしないでもないな、と進は考える。



(アイツの《ウエポン》……正面衝突に向いているとは明らかに思えなかったし)



 速度ゆえに進は防戦一方であったが、あれはおそらく正面方向以外には発射できない、ある本当に少しだけ放物線を描くという制限的な性質を持っていたのではないだろうか、とそう進が戦闘中に思えるくらいには。


 術者本人がその事に気がついていたのか、気がついていなかったのかと言われれば百パーセント気がついていたのだろう。



 そのうえで、修正することのできない性質だった、と。



(ちょっと話が脱線しているな)



 今は相手の《ウエポン》がどうだとかこうだとかそういう話ではないと進は思う。

 光が悩む進の顔をじっと眺めて来るので、進としては若干怖かったが。


 相変わらず週の喧騒は、光の《風神》というそれによって打ち消され、聞こえることはない。



「光に心当たりがないっていうんなら、俺は気にはしないけどさ……。あんなのに怯えながら生きて行かないといけないなんてそんなの真っ平ごめんだぞ?」


「いや、流石にあんなにあからさまに殺意を向けている人間は初めてみたわよ。今まで私にされたとしたらぜいぜい毒をお茶に盛られたくらいなのに」


「いや、怖いな!?」



 しかしどうやら、それを実行される前にその犯人は締め上げたらしい。

 さすが光様、なんて冗談を呟こうとしたが、それよりも先にまるで思考を読んだかのような怪しい笑みが彼女の顔に浮かんでいたので進はそっぽを向いた。



「ま、ちょっとは安心して暮らせるのか」


「ちょっとじゃなくて大分落ち着いて暮らせると思うわよ? 気に抜きすぎは良くないけれど」

「ほう。大分県は落ち着いて暮らせると」


「だ・い・ぶ、ね?。感じは一緒でも読み方が違うのよ」



 もはや棘というものがほとんど抜け落ちた口調の光と、進は軽口を叩き合いながら移動を始める。

 いくら音は遮断しているとはいえど、通行人の邪魔になることには変わりがないのだ。



「どこへ?」



 進はその先を扇動する光に疑問を投げかけた。それに対して光は進の方を振り返って、面白そうに言い返してきた。



「どこか体を動かせるところ!」



 彼女らしい、と進が思ったのは少しだけ仲を深めることのできた証拠だろう。

 やはり彼女は他人の全てを否定しているわけは決してなかった。


 否、他人を受け入れるのが苦手なのではなく、対等に受け入れられたいと思う男子がそもそも少ないのか。



(光が、何を考えて俺の警戒を解いたのかはよく分からないけど)



 悪いな、と進は心のなかで呟いた。



(俺はみんなでいつまでも仲良くしましょうなんて、そんなことを思う善人じゃないんだよ)



 打算、打策。

 あくまでも友達としての適切な距離。


 それ以上の関係には絶対にならない。

 そこまで進は仲間というものに深入りしない。


 いつか、一緒に笑っていられなくなるかもしれないから。



 ……なんて。



(いや、イタイな!? イタすぎて体がもげそうだわ!)



 進は光の後ろで密やかに苦笑を漏らし、光は少しだけ軽快な足取りで街のなかを進んでいく。

 太陽はまだまだ上空にあり、この暑苦しい人混みに熱気を届け続けている。



 こうして、進の異世界一日目は幕を閉じた。




 ***Side:secret***




「星見琴光を殺し損ねた?」


「バカな、もしそれが本当なのだとしたら今回初めて奴らが予想を外したことになるぞ」



 男二人の声だった。

 彼らの会話は表面上は焦っているように聞こえて、しかしその奥底ではどこか何かに期待しているようなそんな違和感を伴うものだった。


 顔や姿は闇に紛れて見えないが、ここはどこかの建物の中なのだろうか。



「しかも、それを阻止したのはとある少年だとよ?」

「とある少年……流起友野No1か?」


「いいや、一般を見てもその顔が世間一般に流出したことがないくらいの人物だ」



 ピタリ、と一度会話が止んだ。

 しばらく静寂の時間が流れる。



「____その人物が我々の障壁となる可能性は?」

「少なからず、と言ったところだが……」




「可能性は早めに摘み取っておいた方がいい。奴が世間に出る前に殺しておこう」

「了解」

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