「ずいぶんとご執心でいらっしゃいますね。一刻すらも惜しいようで」
「殿下は、今日はまた
皓義が続けてそう問うのに、まあな、と、燎琉は軽く応じる。それとほとんど同時に手元の冊子の一葉をまためくって、そこにつづられた字面へと視線を落とした。
燎琉は今春、
燎琉が配属されたのは、国家の土木事業を預かる
「その
呆れ調子の言葉から、今度はからかうようにそう続けた皓義を、けれども燎琉は、ちら、と、睨む。
「
そう短く
「そんなんじゃない。だいたい、
先日来、母の膳立てもあって何度か逢瀬を重ねている少女の名前を出しながらそう言うと、後はもう黙々と
「――行ってくる」
椀を膳に戻してそう一言、ひらいていた冊子を閉じて
そこから、職場の
そこまでは、ここのところの燎琉の日常と、何ら変わることがなかったのだ。
それなのにどうして、と、燎琉は思う。
昭文殿に辿りつき、書庫の扉に手をかけた瞬間、燎琉の人生は一変した――……高貴で
*
書庫の中は昼でも薄暗かった。
ところせましと林立する
が、そうしたものがまるで気にならぬほどに色濃く漂う香りに、燎琉はくらりとした。足元がおぼつかず、思わず
たとえば、冴え冴えとした
なんだこれは、と、燎琉は思った。
眉をしかめる。息が乱れる。目がくらほどに甘ったるい香りに包まれながら、けれども、燎琉は何かに惹かれるように、ふらふらと書庫の奥へと足を進めていた。
「……っ、ぅ」
かすかに、鼻にかかったような声が聞こえてきた。
壁のごく高い位置に切られた、明かり取りのための窓の下である。薄暗い室内に
見書台が
床にうずくまる人影がある。うめき声は、どうも、その人物が発したもののようだった。
はあ、はあ、と、荒らぐ
だが、息を乱しているのは、何も相手ばかりではなかった。
燎琉もだ。相手の姿が目に入った瞬間、否、ますます濃密にただよう香りが鼻腔を侵した瞬間、ぜい、と、荒く肩で呼吸していた。
なんだこれは、と、おもう。
相手が、ちら、と、燎琉のほうを見た。自分よりもいくつか
ふわり、と、また、百合の香が濃くなった気がする。
その匂いを嗅いだ途端、どろ、と、
身体を引き掴むと、見書台に力づくで押し伏せる。うつぶせにした相手の身に、そのまま
ふぅ、ふぅ、と、知らず
思考回路を失ってしまった脳裡は、もはや、ただただ目の前の相手と
くらくらする。
ちかちかする。
こんなことは生まれて初めてだった。が、燎琉の知識の中には、いま己の身に起った現象を説明する言葉があった――……これは、発情だ。
燎琉がいま押し伏せてしまった相手は、間違いなく、発情期を迎えた
いま自分が置かれている状態は、まさに、それに違いない。
だが、そうとわかっても、
押し伏せた相手が誰だかすらもわからないというのに、それでも、ひたすらに我が身は相手の
触れたい。
抱きたい。
貫きたい。
いま目の前にさらされている、この甘い香りを放つ身体。その奥に、たっぷりと精を吐きたい。
燎琉は、初めて感じる、制御しがたい衝動の
そのまま、ぐぅ、と、相手の濡れた
「……ひ、ぃ、ぁ……ぁ――……ッ」
刹那、相手の喉からこぼれたのは、か細い悲鳴のような声だった。が、それにも、ぞくり、と、背筋が甘く粟立った。
脳天まで快美が駆け抜ける。他に何も考えられなかった。
だからそのまま、うねるように吸いついてくる内壁を
「あ……あ、っ、ん、あぁ……」
律動のたびに、それに合わせてもれ出る甘い声に、
「ぅ、ん……あ、ぁ、っ」
燎琉の動きに合わせ、
相手も喜びを感じているのだ、と、
はぁ、と、荒く、獣じみた
これが
ただひたすらに相手を
そして、発情時ゆえに長く続く吐精の
咬みたい、咬みたい――……
相手がさらす、白く
渦巻く衝動をとどめる
「い、や……や、め……っ!」
そのとき初めて、相手がかすかながらも抵抗を示した。
「わたし、は、官吏です……どうか、おゆるし、を……殿下」
殿下、と、そうこちらを呼ばわった相手が、
けれども、
じれったく眉を寄せつつ、何度か乱暴に相手の
やがて、かち、と、かそけき音が響いた。
目の前に白い
その瞬間、なおいっそうに、清冽で甘い百合の香が匂い立った。
そうなればもう我慢などできなかった。
自制など効くはずもなかった。
彼は相手の
「い、や……」
か細い声とともになされた最後の抵抗を、けれども燎琉は押さえ込んだ。そのまま、相手の膚に、深く牙を食い込ませる。
つぷ、と、膚を破ったそのとき、羽交い締めに抱き
けれどもすぐに、くたん、と、その身からは力が抜けてしまう。
これで俺のものだ、と、無意識にそんなことを考えていた。
白百合の芳香はいっそうに濃く満ちる。
「俺の、
牙を離した燎琉は、今度は口に出して呟いた。
深い深い満足感とともに、名すら知らぬ相手とまだなお身をつないだままで、ほう、と、しずかに息を