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蠢く地面

 どうしよう‥‥‥。


 俺は今かつてない葛藤を強いられていた。


 お、重すぎる。持ち運べない程の重さの鉄の塊。しかし、どうにかして持ち運びたい。転がすことも可能だが、いびつな形のせいで、一回転させるに、鼻息を荒くさせるような労力を必要とする。


 街まで持っていくのだとしたら、これは夜を通り越して、朝になってしまうだろう。


 しかも夜になれば周りも見通すことが出来ずに、不意を突かれてあっけなく殺されてしまうことも考えられる。魔物だけでなく、夜は野性動物も活発になるからな。


 うーむ、どうしようか。こんな時に異世界御用達の重さを無視できる収納袋でもあればな。


 だけど無い物は無い。今ある手札でやっていくしかない。


 あ、魔力糸で、丸太みたいなものを創造して、転がしていく!! ‥‥‥は、重さ的にぺちゃんこに潰れちゃうだろうな。


 ‥‥‥八方塞がり。ここに置いていくにしても、タイミング悪く、他の人に持っていかれたら嫌だし。はてさて。


 ドカっと後ろ手を付いて、腰を降ろした。少し考える、なんでこんな時にご都合主義はでてこないのだろうか。


「はぁ」


 溜息だって付いてしまう。少しだけ目を瞑って休憩すると、突如として手に火傷のような熱さを感じた。


「あつッ!?」


 サッと手を確認すると、ぬめっとしたものが手にこびりついている。そしてその手からは「しゅ~」と煙が立っている。思わず、急いで地面に擦りつけてしまった。


 それは悪手中の悪手だった。


「いったあああああああああ」


 確認すると、手が爛れている。もしやと思い、歯を食いしり、痛みを我慢しつつ、ランプを持って周囲を確認する。


 手のあった付近にスライムがいた。コイツが犯人か、音も無く忍び寄ってきたスライムに錨をぶつけるようにして、鉈で一刀両断した。


 流石にこの手であの重さの鉄鉱石を運ぶことは不可能だろう。


「まじかよ‥‥‥それに、早く治療しないと」


 ジンジンと今まさに痛みを主張する手が、早く帰れと急かしてくる。


 落胆した気持ちと、持って帰れないことの苛立ちを、潰されたスライムの小さな小さな魔石にぶつけるように睨みつける。


 しかし、そのおかげで自身の置かれている状況に気づくことが出来た。




 うじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃうじゃ――。


 夥しい数のスライムに虫系の魔物が俺を取り囲むようにして存在している。そして今まさに、俺の倒したスライムの魔石を、奪い合うようにして、互いが互いを貪り合っている。


『蟲毒』


 その二文字が頭をよぎる。そして否応なしに想像してしまう。蟲毒によって生まれる化け物を。


 ゴブリン以下の魔物。それらのどんな魔物より恐ろしい点。ゴブリン以上の繁殖力そして適応力。


 一体一体が弱いが故の環境適応能力。それに起因する進化のハードルの低さ。


 なぜにこんなにもこの場所に、これほどの数が集まっているのか。一瞬にして、その原因を考える。


「あっ‥‥‥!」


 思いだしたのは過去一の叫び声。どこからともなく現れたと思っていたのは過去の自分の過ちであった。


 それによく見てみれば、それぞれの窪みから這い出してくる魔物たち。歪な地形の窪みは、過去に鉱脈を掘っただけでなく、魔物たちの住処になっていたのだろう。奥深くまで見えない小さな穴は無数にあったことを思いだす。


 よく考えれば、すぐに分かることであった。


 穴々から風が吹いていたのだ。単純な風の循環ではなくて、それぞれの穴が地面の向こう側でアリの巣状に繋がっていると、どうして気が付かなかったのだろう。


 しかし、簡単な見落としを嘆いている暇はない。


 こうしてる最中でも、蟲毒は進んでいくし、共食いのスピードが追い付かない程に穴と言う穴から新たに這い出てくる魔物たち。


 マズイと思ったときにはもう遅い。来た道までの道のりが全て魔物で埋まっている。


 一匹だけで気持ち悪いと思ったゴキブリの魔物。しかしここまで多いと、恐怖や嫌悪感よりも危機感が勝って、焦りだけが芽生えてくる。


 数舜の思考で、自身の足に魔力糸を巻き付かせて、簡易的な鎧を作る。


 俺の方に飛びついてくる魔物たちを薙ぎ払いながら、ぐしゃり、べちゃりと嫌な感触を足に感じながら、魔物を足場にして、来た道を一直線に戻る。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」


 幸いにも彼らは俺よりも、俺が足で潰した魔物の方に群がってくれているおかげで、俺は洞窟の入り口までたどり着くことが出来た。


 ズボンの裾は既にボロボロに破れ、足には齧られて出来た切り傷を、スライムの酸で溶けて固められている。


 一安心したことで、アドレナリンが切れてしまった。


 立っているだけで足に痛みが走る。


 これは‥‥‥帰れるのかな。痛みに耐えながら、おそるおそる一歩踏み出す。


「いッ――!?」


 顔をこれでもかと歪ませることになった。小さな一歩が大きな痛みとして俺に襲い掛かって来る。


 しかし、それでもここから離れなければ。誰かにこのことを話さないと。幾ら雑魚の魔物とはいえ、この大量発生は以上だ。


「うあ!? ‥‥‥いた、くない?」


 足が縺れてしまって倒れそうになったが、近づいてくる地面が途中で止まった。俺の視界には映るはずのない、綺麗な足がある。


「すみません。流石に介入させていただきます」


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