目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

嗅覚で分かった

俺はゴキブリから魔石をほじくることを諦めて、前に進むことにした。じゃあ迎撃方法はどうするんだって?


 そんなの簡単ですよ。この鉈を振り回せばいいんですよ。当たるも八卦、当たらぬも八卦のこの鉈をね。


 防御に関しては髪飾りの魔道具さんが一躍買ってくれていますし。


 ということで、先に進みましょう。


 軽率に思いついた作戦で進んでいくと、面白いことにサクサクと進んでいった。打倒した数に比例して、俺のSAN値も下がっていったのは言うまでもないだろう。


 もはや、時折現れる猪サイズのネズミや蝙蝠なんかでもSAN値が回復する始末。モグラとかスライムなんかもいたが、あれはちゃんと癒しだったよ。地面の中から奇襲されたり、強酸をぶっかけようとしてくるので、攻撃手段は全然可愛くないんだけどね。


 という訳で、幾何かの時間が過ぎた。洞窟内だと時間経過が分からないので、正確な時間は分からないけれど、結構経ったんじゃないかと思う。


 それにしても、誰ともすれ違わない。冒険者の一人でも会ってみたいような、少し怖いような。


 なんにせよ、独りぼっちは意外と寂しいという事なのだろう。前世では独身独り暮らし、友達とも何年も会っていない状況で、何も思わなかったのにね。


 人間強度が下がったというべきか、人間味が増したというべきか。‥‥‥良い風に捉えておこう、あの悪しき職場からの脱却。あぁ心が洗われる。



 気分をスッキリさせたところで、目的の鉱脈のポイントに到着した。


 鉱脈の場所は、色々な人が掘っていたからか、一個の大きな空間と化していた。


 学校の教室より、一回り大きい。こういう場所には大抵、モンスターが現れる。そのフラグを知っている俺は、身を構えて、じりじりと進んでいく。どんな小さな音も逃さないように耳を澄ましながら、ぐるりと空間内を一周してみる。


 凸凹とした壁面は、これまでの採掘者たちの苦労が見える。あと少し、あと少し掘ればきっと出てくる。しかし、諦めが別の場所を掘れと囁くのだろう。


 たくさんの穴が開いているのは、集合体恐怖症の人にとってはこの世の地獄なのでは?


 そんな事を頭の片隅に置きながら、歩みを進めた。


 ‥‥‥しかし、入ってきた道に戻って来ても、何も起こらなかった。モンスターもいない。ここら辺もしっかりと空気の循環が出来ている。


 おろ? これは意外と依頼達成してしまうのでは?


 思わず表情が緩みそうになるが、油断をして危機一髪の経験があるので、気分だけでも引き締める。


 ランプを少し離れたところにおいて、背負い袋の中から、つるはしを取り出し、上段に構えて、振り下ろす。


“カキーン”


「いっっっったぁ!!!!」


 先端の尖った金属が岩に負けた。嘘みたいだろう? 


 弾かれた反動がもろに俺の手に伝わってきた。手が痺れたせいでツルハシを落としてしまた。


「なんじゃこの岩は、本当に岩なのか? まるで金属じゃねぇか」


 ん? まるで金属? もしかして、ここに‥‥‥。ここ掘れワンワン!!



 けど、愚直には掘りませんよ。手が痛いのは勘弁ですからね。痛みとは、最高の教育ってね☆


 なんかヤバい奴が言いそうなフレーズだったけど、自分自身に帰って来る場合はセーフという事で、いや、このままだとドMみたいなじゃないですか。やっぱり、先ほどの発言は撤回させていただきます。


 では、改めまして。


「ふむ、理論的に俺のシナプスを弾いた結果、周りの方から削っていった方がいいでしょう」


 かけていない眼鏡をクイッと上げてみる。ふふ、頭がよくなった気がする。


「‥‥‥」


 チラっと、ポージングしたまま横目で、来た道を確認する。誰も来てないよな? あとから恥ずかしさが込み上げてくる。


 誰かが見てくれていた方がチョケ易いし、ツッコみ待ちも出来るのに。一人だと、沈黙しか返って来ないからな。自分自身でツッコみを入れるのもなんか違うし‥‥‥。ピン芸人ってすごいんだなぁ。


 羞恥心を隠すように、いそいそと、ツルハシの先端を持って、周りの岩をこそぎ落とす。


 案外この作業も力がいる。力こぶを作りながら、少しずつ掘っていくと、時折、コツンコツンと音が変わる。


 これは本当にあるんじゃないですか? 麻雀で言ったら、リーチ一発ツモどころじゃないですよ。天和です。


 流石に手元が暗くて、細かい所が出来そうにないので、ランプの位置を調整して、手元がしっかり見えるように、目の前に置く。


 ずっと暗がりを見続けていたせいか、ランプの光が眩しい。

 けれどその光は微笑みを映し出していた。


“コツンコツン”


「やっぱり、役満です」


 岩の中から現れたのは、赤茶色の肌をした酸化鉄だった。


 初めて自分の手で取った鉱石。拳大にもならない程の大きさのものだったが、とても誇らしい気持ちになった。


 俺が誰の介入も許さず、自分一人で成し遂げたこの結果。物体として残っているこれが、とても愛おしい。


 大事に取り出し、手で土を落とすと、ざらざらとした感触がする。とりあえず一個は確保できたが、まだまだ依頼達成までの量には足りていない。


 コレのあと十倍は欲しいけれど、帰りのことも考えると、ギリギリを狙いたい。

 あんまり重すぎると、帰りの魔物との戦闘までに疲れちゃうかもしれないからね。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?