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気分の上げ方

 ゴブリンの亡骸二体を着火の魔法で時間を火葬した。そのしみじみとした時間と、鼻をつくような焦げた匂いを嗅いでいると、心が軽くなっていく。


 パチパチと弾ける火花を見ていると、ククルカ島での宴の篝火を思いだす。ホームシックとは違うが、原風景への憧憬が滲んでくる。


「よし、行くか」


 手の平に着いた土を払って、立ち上がると、もう一度来た道を確認して、反対側に付いている目印を目指して歩き出した。


 少しだけ重くなった足取りで、進んでいく。


 しばらく歩いていくと、森の中にぽっかりと広がった空間が目の前に現れた。鉱山洞窟の入り口がそこにあった。


 残念なことに、あれからというもの、魔物と遭遇することは無かった。何が残念なのかというと、トラウマになってしまわないかと懸念しているからだ。


 大型の俺が叶わない敵に遭遇しなかったのは、勿論幸運なことなのだが、人は心に大きな負担を背負ってしまったとき、それが記憶に、感情に定着してしまう前にそれを克服しないと、トラウマとして猛獣が襲い掛かって来てしまう。


 だからこそ、これからのために、経験を積んでおきたかったのだが。幸い中の不幸という変な言葉になってしまった。


「で、アレの中に入ると‥‥‥」


 貰った地図には、洞窟の中のルートまでもが書き記されている。


「右いって、まっすぐ。そんで、あらああらあら。魔物も出てくることあるのねぇ。しかも虫系までも」


 最悪だ。前世では虫取り少年だったのに、神社の境内で秘密基地を作ってた時に、地面の穴から「こんにちは」してきたムカデさんを見てから、害虫がダメになったのだ。


 だから少しだけこの依頼が億劫になってしまった。


 洞窟内で、火魔法は使えないし、水魔法は虫系に効き辛い。何故かって? あなた虫の呼吸器がどこにあるか、数種類でも正確に答えられますか?


 脚のどこかにあるのは知っているが、複数あるかもしれないし、あんなにワシャワシャと高速回転しているところに当てるなんて、俺には出来ないね。


 さて、どうしたもんか。


 ガシガシと頭を掻いてしまう。‥‥‥と、そこで気づいた。俺、魔道具持ってるじゃん。


 風魔法の風弾を打ち出せる魔道具を持っている。倒した魔物の魔石で、魔力を補充していけば、何とかなるかもな。


 もってて良かった。魔道具と、それを買ってくれる交友関係。


 もう一度だけ、地図を見直して、目的の鉄鋼石がとれる場所を確認する。


 意外と遠くにあるんだよな。俺は閉所恐怖症でもなければ、暗所恐怖症でもないから、大丈夫だとは思うのだけど、シンプルに逃げ道の無い一本道かつ、夜目になれていない俺が不利な暗い道。


 森の中で戦うよりも断然こっちの方が恐ろしい。


 分かってはいたけど、分かっているつもりではいたけど。


 何が言いたいのかって言うと、俺の足が進まない。こんなことは初めてだ。何も言うことを聞いてくれない。


 理性では分かっているんだけど、本能で体が動かない。ここからが本当の命のやり取りになったんだ。


 じっとりとした暑さが身を包んでいる。汗が顎からポタっと垂れる。腕で拭う事さえ。もはや、上半身ですら動かない。


「だめだ。完全に怯んでやがる」


 乾いた笑いが出てしまうほどだ。

 仕方ない、こうなったら、ちょっと休憩するか。


 そう意気込んだ瞬間に、あれほど動かなった金縛りが解けて、ドカッとその場に崩れ落ちる。


「ふぅ‥‥‥」


 あれほど、憎々しかった夏の湿った風が、ほんの少しだけ涼しく感じた。洞窟をぼんやり見ていると、結局焦点が合わずに、視界の端から白く浸食されているような錯覚に陥る。


「弱いなぁ」


 誰を想像した訳でもなく、そう呟いていた。次の一歩を踏み出すためにはどうすればよいのだろうか。こうして一人で自分を奮い立たせるには。


 ‥‥‥。


 思いつかない。こうなったら俺の大嫌いな根性論か? いや、流石にそれはイヤだ。それにどうせマイナスな感情にマイナスな感情でぶつかっても、余計にマイナスが増えるだけな気がする。


 決して掛け算にはならないだろう。


 ならむしろ、プラスの感情で動いてみようか。俺の中でプラスの感情になるような、行動の原理。


「スゥ――」


 息を大きく吸って。


「うおおおおおおおおおお!!! どんどんパフパフ!! 第一回! チキチキこの洞窟を進むのは俺だ選手権んんんんんんん!!」


 立ち上がって、叫んだ。


 よし、行こうか。


 英雄願望が強い訳ではないけど、俺だって男の子だ。武器選びのときにイヴに助言した方法も、胸が高鳴らない訳ではない。


 だが一番大切なのは、こういうよく分からない変なノリだ。同調圧力と言う訳でもなく、タダのふざけたノリだ。


 悪い文化だと言われてしまいそうだが、俺は好きだし、ククルカ島で男たちの上裸になるノリも、腹いっぱいでも無理やり胃袋に詰めるノリも。それこそ前世での友達とのノリも、全部断らずに来たちっぽけなプライドがある。


 だからこそ、今俺が歩いて洞窟に向かっているのは、俺の意志じゃなく、ただのノリだ。しかし今はこれがありがたい。


 木々の影になっている場所から、日向にでた。

 照り付ける太陽は、俺の心の中までもを照らしてくれるような温かさだった。

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