「という事ですが、期限の方はどうなさいますか?」
「んあ? 期限なんていつでもいいぞ。こっちは元々あげるつもりだったんだ」
それはありがたい。心の中で感謝を述べ、思わず顔を壊して、笑みを零す。一度でいいから使ってみたいんだ、スベオロザウンの作ったこの武器を。
「では交渉成立ということで。これでよろしいですかね、イヴ坊ちゃん?」
「うん、ありがとう!」
「ん? なんでそこでイヴの名前が出てくる?」
「先ほど、イヴ坊ちゃんに耳打ちされたのです。なんとかして、ランデオルス様に武器を挙げたいって」
「ランディが頑固者だからね! こうでもしないと受けてくれないでしょ?」
ぐぬぬぬ、実際にイヴの思惑通りになってしまったから、返す言葉が見つからない。悔しいが、与えられた機械をありがたく頂戴するとしよう。
「‥‥‥降参だよ。イヴもカガイヤさんも、勿論スベオロザウンにジャンダさんもありがとうね。その依頼引き受けたよ!」
胸を張って宣言する。そして、飾ってある鉈を見る。このあとの俺の相棒となる武器を見て、張った胸が高鳴った。
あの武器を使って、未知の世界にいざ飛び込まん。
「では、ドットヒッチ邸に帰って、装備を整えましょう、防具くらいでしたら、兵士の訓練ようのものがあります。訓練用とは言え、質は本物ですよ」
俺たちは、スベオロザウン達に別れを告げて、家に戻って装備を支給してもらった。依頼の東の森に行くのは明日にしてもらった。
何を持っていけばよいのか、気を付けることは何か、そういうところも教えてもらいながら、何故か俺に対しても過保護を発揮したサルマンさんが、奥さんのトニエラさんと、イヴのお兄さんのカシェラさんに押し留められているのを眺めて、明日に向かって、ゆっくり眠ることにした。
「よし、それじゃあ行ってくるよ!」
「頑張ってね!」
昨日聞いたことをメモした紙をもって、少し大きめのバッグを背負って、マルーダニアの東門に来ている。
「うん、ちゃんと準備もしたし、比較的安全なルートも、護身用の魔道具もばっちりだよ。それじゃあ行ってきます!」
「「行ってらっしゃい」ませ」
見送りに来てくれた、イヴとカガイヤさんを背に、出発した。
少ししたところから、ぽつぽつと木々が生え始め、植生の移り変わりが見て取れる。まるで、ここからは、誰にも守ってもらえない、頼れるのは自分自身だとでも言っているかのように、鬱蒼としたくらい世界が広がっている。
ゴクリと生唾を呑み込みながら、自分を奮い立たせて、一歩ずつ前に進んでいく。
思えば、これまでずっと誰かと一緒に行動していた気がする。初めての遭難もフォルがいてくれたから、学園まではもちろんジェフさん漁業組合一行、その後の巨大エイとの戦いでもフィオナが居てくれた。
独りということが、こんなにも心細いとは。
不安になりながらも、新しい相棒の鉈に手を当てて、心を鎮めた。
「ここら辺に‥‥‥あった」
森の中に入ってすぐ、道とは言えないような、しかしよく見れば誰かに踏み固められた道を進んでいくと、明るい色の布が巻き付けてある岩を発見した。
この岩を見つけて、裏側から続く目印を頼りに進んでいけば、鉱山洞窟への近道らしい。一つ目の目印は木の枝に巻き付けられた布だ。おそらく、これが続いていって、27個先の目印で辿り着けるらしい。
「よし、進むか」
鉈を取り出して、右手に構えながらゆっくりと進んでいく。
“がさがさ”
背後の茂みが揺れた。バッと後ろを振り向いて、音のなった方を注視する。
ドクンドクンと自分の心音がやけに煩い。一気に噴き出してきた汗が鬱陶しい。しかし、拭うという動作でさえ、何かが変わってしまいそうで、動けない。
こんなに怖ったのか。何度もよぎる恐ろしい想像に足がすくみそうになる。けれど、絶対に視線はそらさない。
数十秒は固まって見ていただろうか。茂みはあれから一向に揺れない。‥‥‥風だったのだろうか。恐るおそる構えを解く。
今にして思えば、緊張していたのかもしれない。ホッとしたことで、慢性的に緩やかに張っていた緊張の糸が切れ、肩が下がったのを感じる。
木々は常に揺れているし、緊張が生み出した敵だったのかもしれない。そう思うことにして、再び歩を進めることにした。
“ざわざわ”
“ササァー”
木の葉の掠れる音、風の通り抜ける音、動物の鳴き声などが絶え間なく耳に入って来る。一度意識してしまうと、全てが耳に入ってくるが、心構えが出来ていたので、最低限の意識を逸らすだけで、足取りはそのままだ。
“ざわざわ”
また草村が揺れた。油断、そういうほかなかった。
背後で揺れた叢の音ののち、ペタペタと足音がした。内心で驚きつつも、何とか声を出さずに振り返る。
俺の目に飛び込んできたのは、緑色の醜い笑顔、ゴブリンだった。
死というものは、足音を消していつの間にかさし迫っている。そう感じたのはそのゴブリンが、錆びたナイフを持って、その赤褐色を、俺の視界いっぱいに映していたからだろう。
「っ‥‥‥!!!」