「ごめんねぇ、前々から噂になってたから、一度見たいって僕がわがまま言ったからぁ‥‥‥」
イヴがしょんぼりとした顔をしている。声色は何とか戻ってきているが、未だ眉は八の字に垂れている。
「いやいや、俺は大丈夫なんだけど、イヴの方がダメージ受けてますやんか」
「えへへ、あんまり、こういう経験なかったから」
照れたようなイヴの笑い方は、申し訳なさと恥ずかしさを隠すための強がりだろう。
「噂になってるって言ってたけど、どこで聞いたの? ごめんだけど、俺以外に同年代の友達いたっけ?」
「ぐ‥‥‥」
ダメージを与えてしまったか。だから言ったじゃん、申し訳ないけどって。
でもノミリヤ学園でそんな噂は聞いたこと無いし、聞いたとしたら、どこで何だろうって。
「それは、僕だって貴族の一員だからね。社交界で聞いたことがあるんだよ?」
何故に疑問形? こっちに視線合わさないし、なぁ~んかしっくりこないというか、怪しいというか。ちょっとカマかけてみるか。
「なるほどな、その時に、話してた貴族の子供たちの話を、遠くから聞き耳立ててたんだな」
「なんでそれを! ‥‥‥あっ!?」
はい引っ掛かりました。
「大丈夫、大丈夫。俺はな~んにも気にしないから」
「そんな慰め方されても‥‥‥」
逆にそこを責めれる人間がいるなら見てみたいものだ。多分そいつは人間じゃないね。ゴブリンかなんかじゃなかろうか。
「それはそうと、どうする? 別の魔道具店に行ってみる? どこにあるのか知らないけれど」
「そうだね、どうしよっか。僕もあれが大きなお店って聞いてたから、結構時間潰せると思ってたんだけど‥‥‥。テキトーに大通りで見て周る?」
「そうしよっか。このマルーダニアなら、犬も歩けば棒に当たるじゃないけど、すぐに魔道具店も見つかるだろうし」
「?」
この世界でいうなら、マルーダニアを歩けば魔道具店がある、だろうか。前世のことわざは通じるものと、通じないものがあるから困る。
「まぁ、あのお店が家から近かったからね。ゆっくり他のお店も見ていこ」
「そうしようそうしよう。あ、ならついでに、屋台で食べ物買っていい?」
まだこの街に来て、特産品を食べてないんですよ。北に位置するドットヒッチ領では、ジャガイモがよく取れるのだとか。発展した魔法都市と、広大な農地で、第一次から第三次産業まで万遍なく豊かな領なんだと。地理の授業でやってたけど、サルマンさんすげぇな。
「良いけど、さっき食べたばっかりだよ? ちゃんと食べれるの?」
「おいおいおい、俺を誰だと思ってるんだい? ククルカ島男児のランデオルスだよ? 腹十分目からが食事なんだよね、分かるかい?」
胸を張って答えよう。それでも美味しく食べられる自信がある。あ、ちなみに彼は特殊な訓練を受けてますって、付け足しといてね。
「入るならいいんだけどさ」
「勿論、任せておいてよ」
なんて話をしながら数分後、俺の手にはドットヒッチ領の特産品、じゃがいもで作られた、ハッセルバックポテトをしっかりと持っていた。
「このサクサクほくほく、幾層もの切れ目に溜め込まれたオリーブオイルとバターのミラクル。これが幸せバター味ということか!!」
「うぅ‥‥‥往来でそんな大きい声出さないでよ。恥ずかしいよ‥‥‥」
イヴのこの表情が、さらにハッセルバックポテトを美味しくさせますなぁ。うぴょぴょぴょぴょ。
俺の変な笑い方に、気分を害したのか、イヴが肘で小突いてくるけど、華奢な身体から繰り出される、その優しさを伴った意思表示は全然痛くなかった。
「イヴも何か食べないの?」
「僕はいいよ、お腹いっぱいだもん。なんなら天気が良すぎて、ちょっと眠たいくらいだよ」
「たしかに、晴天で涼しい風も吹いてるしね。気持ちのいい日だね、本当に」
思わずベンチで昼寝でもしたくなる一日だ。夏休みって感じが凄いな。
あ、猫。
「見て見て、ほらあそこ、塀の上で猫が日向ぼっこしてるよ」
「あ、ほんとだ! かわいいねぇ」
あ、ごろんって寝返りしてる。やっぱり猫は液体だったんだ。
「‥‥‥海竜もたまに猫なんじゃないかなって思うときあるよね」
「ん~、大型のネコ科じゃなくて? ‥‥‥って言おうと思ったんだけど、最近は分からなくもないというか、ランディの影響を受けちゃってるかもね」
言葉としての困惑とは違い、イヴの表情はどこか嬉しそうだ。
彼自身の夢を考えると、そっちの方が近い気がするしね。ただ、線引きをしっかりしないとね。
油断しててパクってなったら目も当てられない。そこは、ちゃんと見張っておかないとな! 俺が!
「多分良いことだよ。こっからがスタートラインだと思えばいいじゃん」
「気を引き締めないとね。痛いのはイヤだけど、怖がってちゃ意味無いし」
フンスと握りこぶしを作って、張り切るイヴを微笑ましく思っていると、イヴが猫に近づいていき、手を伸ばした。
「にゃ~ご~」
「んなぁぉぉ」
猫もイヴも可愛い、世界はそれでいいじゃないか。
俺にも撫でさせてくれと、近づいて手を伸ばす。
“ぺしっ”
猫パンチを食らった。解せぬ。