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ボタクール商店

「あれは一体何をされてる店なの?」


「? あれは魔道具店だよ。さっき説明したばっかりじゃん」


 俺の繰り出す、某背の高い女性歌手のような独特のイントネーションは、イヴには伝わらなかった。そのせいで呆れた目で見られるのは納得いきません。


 ボケが分からなくてスベるのは、受け手側の問題なのにね。ぐすん。


「いや、そうなんだけどね。なんで、お店の周りを水堀で囲ってるのかなって。明らかに、お客さんが入りづらくない?」


「ん~、あれはね、注目を集めるという点でもそうなんだけど、防犯としても役に立っててね。入店の仕方は‥‥‥あ、ほらあの人を見て」


 イヴが指を指した方を見る。

 お店の正面に、人が五人は余裕で乗れるほどの籠がいくつかあり、そこに客と思われる集団が乗り込むと、何やらボタンを操作している。


 すると、その籠がゆっくりと浮いていき、向こう側のお店の扉にただり着くと、客はそのまま籠から降りて、店の中に入っていった。


 え? こんなところにもあの浮く技術が使われてるのか!? そ、そんなに普及していたなんて‥‥‥。


「お店でもあの浮くやつ普通に使われてるんだね」

「え? いや、んー。あ、そういう事か。違うよ、ほら近づいてよく見て見なよ」


 イヴが勝手に一人で疑問に思って、一人で納得した。

 俺を置いていかないでおくれ。ミンナ、ナカヨシ。オレラ、トモダチ、ナカマハズレ、ヨクナイ。


 イヴに言われた通りに、近づいて籠を見る。特に何か特別な何かは感じないけど。‥‥‥そもそも魔道具のことさっぱり分かんないから、分かんないや。


 分からないから、分からない。ふふ、変な日本語。あ、ここだと日本語でもないのか。


 俺が内心で微笑んでいると、イヴが改めて指を指した。それは籠ではなく、水堀の上だ。


「ほら、ここ。よく見てよ、ランディのお得意の魔力糸だよ」


 そう言われて覗き込むと、確かにあった。なるほど、注視して見ないと分からない程に細い線路の様なものがある。


 なるほど、実際にはこれで固定の軌道で動かしてただけなのか。確かにこれなら浮いているように見える。


「なるほど、よく考えてあるね。発想の転換てやつだ。‥‥‥それにしても、さっきは何でそんなに頭を悩ませてたの? 一人で解決しちゃったみたいだけど」


「あー、それはね。サルヴィンも言ってたでしょ? 再現が難しいって。だから何か違う方法なんだろうなって」


 完全に忘れてた。そー言えばそんな事言ってましたね。

 さてなぞなぞです。イヴは覚えてて、俺は忘れてる。これなーんだ。答えは頭の出来だね。ぐすん。


「じゃ、じゃあとりあえず、中に入ってみようか」


 そんな事実は認めないとばかりに、思考を切り替えて、イヴと一緒に籠に乗る。

 籠の中には使い方が乗っており、向こう岸に行くにはお店のマークのボタンを押せばよいようだ。


 微かにブーンと何か機械音のような音が聞こえ、渡り終えると、キラキラと上から太陽光が、下から水堀の反射光が眩しくお店を彩っていた。




「いっらっしゃいませ~」


 中に入ると、すぐさま若い男性が満面の笑みで出迎えてくれた。手もみをしている辺り、うさん臭さが満開に咲き誇っている。目なんて細くし過ぎて、見えてるのかすら怪しいぞ。


「あの、子供二人なんですけど、入ってもいいですか?」


 念のためね? 念のため。猫を被って、普段より幼く見えるように、猫撫で声だ。傍から見れば、幼いカップルが、デートで少し背伸びをしてしまったように見えなくもないだろう。


「‥‥‥チっ、なんだ子供かよ。ここは天下のボタクール魔道具店だぞ? 取り扱ってるのは高級な品ばかりだ。ちゃんと金は持ってきたのか?」


「あ、はい、一応。親に貰ってきました」


「チっ、じゃあ安物でも見とけよ。どーせ大した額は貰ってねぇだろうしよ」


 若い男性店員はそれだけ言うと、他の来客の対応へと行ってしまった。


 ね? 言った通りでしょ? この手のテンプレを外さない男なのよ、俺。もう11年も生きてるからね、その辺の嗅覚が違いますわ。


「じゃあ、許可も貰ったし、冷やかしだけでもしよか‥‥‥って、イヴ?」


 イヴが固まってしまっている。

 そうか、今まで一人でお店に行くこととか無かったんだろうな。高級店だとね、こういうことあるのよ。お金至上主義と言うか、悪い面もあれば、いい面もあるのかもしれないけど、今回の店員は外れだね。


「‥‥‥」


 あ、あかん。イヴが今まで親の庇護下の元で経験したことのない出来事に、いきなり遭遇したせいで、今にも泣き出しそうな所を我慢している。


 というか、すでに涙が溜まり始めている。

 流石に大きな声で号泣するとかはないが、こんなところにやってきてしまった事を後悔して、俺はイヴの手を引き、さっさと店から退出することにした。


 こんなところに長居したら、イヴの教育上よろしくありません。


 さっき乗って来たばかりの、移動式の籠に乗り込み、水堀を渡って表通りに戻って来た。

 そんな後でも、未だイヴのメンタルは回復しきっておらず、なんとか新しい涙は出てきていないという感じだ。


 許すまじ。


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