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ある意味呪文のようなもの

 痛い。すみません、挟んだままぐりぐりと動かすのは止めてください。


 無抵抗のままでいると、少しして、イヴの手が離れた。ちょっと赤くなってないか? 俺のもちもち頬っぺたが。


「ダメだよ! 友達っていうのはねぁ、対等なんだから、お世話になってるなってないの話じゃないんだよ!」


「そんなことは分かってるよ。‥‥‥とは言っても、親しき中にも礼儀あり。だろ? ましてや、初対面の友達の家族だもん、ちゃんとしないと」


「そうだけど、そうだけど~」


 いかん、正論パンチを食らわせてしまった。恐らくイヴの中での友達というものに、理想像があるのだろう。敬語やら礼節やらは、距離や壁を感じてしまって、嫌という感情的な話だ。


 そういうときに、幾ら理屈をこねても、響かない。であれば、やることは一つ。


 イヴにこそっと耳打ちをする。


「あくまで、今この場だけだから。普段とは違うんだよ、食事中にでもだんだんと普段通りに慣らしていくから。――これ、男と男の約束だ」


 俺がそのワードを出した瞬間、イヴの瞳がきらりと輝き、顔が赤くなっていく。


 可愛いんだけど、少し申し訳なくも思う。

 あからさまな弱点特効、こちとら前世での漫画やアニメの知識が豊富ですから。貴族、男の娘、友達が少ない。この三拍子が揃った人間への対処など、履修済みなのですよ。


「ふふ、くふふ、うん。約束だよ! 男と男のね!」


 イヴがテンションを高くして、抑えきれない笑みを浮かべながらも、なんとか小声で返してきた。

 よかった、機嫌を直してくれたみたいだ。


「あら~、もう内緒のお話はおしまい? それじゃあご飯にしましょ」

「早く食べよう。ここに来るまでどうやって知り合ったかを皆にも話してあげるよ」

「うむ、それは楽しみだね。じゃあ、料理を運んできてくれ」


 義母さん、義兄さん、義父さんも俺が一緒にご飯を食べることを許してくれている。とりあえず、第一印象は悪くなさそうだ。


 三人ともの懐が深いのもあるんだろうけど、流石イヴの家族だなと感じた。

 ここにも一つ、幸せな家族の形が存在している。




 運ばれてきた料理は、思いのほか素朴だった。


 パンとスープとおかずが数品。


 素朴と言っても貴族の中での基準なので、一市民からしたら豪勢の何物でもないが、王城での社交界、ハバールダ家のものと比べると、どこか懐かしい感じがした。


 それに、それぞれが、高水準で美味しい。本当に。


 素材が良いのか、シェフの腕がいいのか、はたまたその両方か。こんなのを常日頃から食べてたなんて、くっ、ドットヒッチ家、良い趣味をしているじゃないか。


 出された料理に舌鼓を打って、しばし食べ進めたところで、義父さんがカタリとスプーンをおいた。それだけで視線が集まる。


 こういうところで、優しく見えても、王国一の魔法都市と名高いドットヒッチ領を収める貴族だという事を、改めて認識させられる。


「それでは、少し腹も膨れたところで、自己紹介と行こうか。まずは私からいいかな?」


 一通り皆を見渡して、誰も反対意見が無いのを確認すると、コップに入った水を一口だけ口にして、喉を潤したところで、自己紹介を始めた。


「私が現ドットヒッチ領の領主、そしてイヴの父。サルマン・ドットヒッチだ。息子共々よろしくね」


「こちらこそ、ランデオルスです。よろしくお願いいたします」


 優しい顔をした白髪で、少しお腹が出ている男性がサルマン・ドットヒッチ。温和そうな見た目ながら、魔法の腕は王国の中でもトップレベルとは、イヴの談だ。


「では次は私ね? イヴの母のトニエラ・ドットヒッチです。学校でのイヴちゃんのこと教えてね? ランディくん?」


「は、はい。よろしくお願いいたします」


 距離の詰め方がエグい、もとい人懐っこい金髪の可愛らしい顔をした女性がイヴの母親。情報によると見た目にプラス十歳すると本当の年齢らしい。

 てことは、20代前半に見えるから、実際は三十代前半か?


 あ、なんか、トニエラさんの目つきが鋭くなった気がする。これ以上余計なことを考えるのはよしておこう。


「最後は俺だね。まぁ必要ないとは思うけど、改めて。カシェラ・ドットヒッチ、趣味は散策だったり、旅行だったり、色んな景色を見て回ることだよ」


「改めまして、ランデオルスです。まさか、一緒の馬車に乗ってるとは思いませんでいたよ」


 この人は信用しない。絶対まだ何か隠してるはずだ、あとでイヴに弱点でも教えてもらおうか。


「まぁね、でも、俺は知ってたんだよ? イヴが夏休みに入って帰って来てからずっと楽しみにしてたからね。だから気になって、わざと一緒ののりあい馬車にしてもらったんだよ」


「そ、そうだったんですね」


 行動力がありすぎる。本当に貴族なのか怪しいぞ? もしかしてそれも嘘? だって、貴族の人が護衛も付けずに自由奔放に旅行とか出来なくないか?


「あ、もしかして、あの馬車の中の誰かが護衛だったとか‥‥‥」


「いや、違うよ? でも、皆有名人だったじゃん。まぁ何とかなると思ってはいたよ。ランデオルス君は知らないみたいだったけど」


 お、喧嘩か?


「ふふん、そう! ランディは海竜のことならなんでも知っているけど、他のことはさっぱりなんだから! そこがランディの凄い所なんだよ!」


 イヴさん? 褒めてるんだよね、それ。自分で言うのもなんだけど、かなり盲目になってやいませんかね。


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