俺のメンタルが回復したことで、イヴの持っていた様々な魔道具を、サルヴィンの解説付きで遊んだ。
この世にはこんなに楽しい物があるんだな。魔法が得意ではない俺が、様々な魔法を扱えている。
その軌跡はまるで虹のようだ。
綺麗だ綺麗だと叫んで楽しんでいると、メイドさんが俺たちに声を掛けてきた。どうやらお昼ごはんの時間だそうだ。
もうお昼の時間は過ぎている。なんなら俺が到着したときくらいがちょうどそれくらいの時間だった。
「意外と遅い時間に食べるんだね? お腹空かないの?」
俺が質問をすると、イヴの目が自由形で泳いだ。それに、回答も曖昧で「うー」とか「あー」とかで乗り切ろうとしてきた。
可愛いけど、なんだか怪しい。ちゃんと問い詰めると、観念したように、指先をツンツンと弄りながら教えてくれた。
「急遽、ランディの分も作ってもらったんだよ。一緒に食べたくて‥‥‥」
かわいいなこいつ。‥‥‥ん? んん!? てことはイヴの家族にも待って貰ったってこと? 俺だいぶ失礼ぶっこいてないか?
イヴの家族に挨拶する前に、初手、謝罪となることが決まった。
すぐさま食事をとる部屋に移動した。すぐさまと言っても、俺は道が分からないし、先導してくれるメイドさんは、気品に溢れた、足音を立てない綺麗な歩き方で進むものだから、早く進みたい俺VS行儀のよいメイドの歩幅で、ムズムズとした思いのまま、歩いていった。
「こちらです」
メイドさんに促され、イヴがまず部屋に入り、俺がそのまま入ろうとしたところで、中から声が聞こえた。
「おぉ、やっと来たか。もうお腹が空いて仕方ない。客人もどうぞ、早速座ってくれ」
「イヴちゃんも、もっと早く言ってくれたらいいのに。お母さんにも準備がいるのよ?」
「お、イヴにランデオルス君。早くたべよ?」
イヴの家族はもう既に食卓の席についていた。やってしまった。俺が一番最後だ。
「すみません、急にご相伴に預かることになりました。本日は、お招きいただきありがとうございます」
部屋に入ってすぐに、頭を下げる。友達の家族とはいえ、相手は貴族、俺は平民。今は下げられる頭があるなら、下げとけ。
「ど、どうしたの、ランディ? 今日はそういう会じゃないから大丈夫だよ?」
イヴが慌てて、俺の頭を持ち上げようと、力技でぐぐぐっと、俺の額に下から力を入れる。
しかし、イヴの華奢な身体では、俺の頭を動かすことは叶わず、苦労していた。
俺だって、「許す」の二文字が、あなたのご家族の口から出るまで上げませんとも。今後も良き友人でいるために。
「あれあれ、ランデオルス君? そんな堅苦しい挨拶も出来たのか。俺は素の方が好きだよ?」
部屋の中から、俺の緊張とは裏腹に、気の抜けた、どこかで聞き覚えのある声がした。
思わずそちらに向けて、顔を上げると、そこにはつい最近見知った顔があった。
「‥‥‥カシェラさん? なんでここに?」
「なんでって、そりゃあここが僕の家だからね」
「???」
だって、カシェラさんは商人の一家の三男で、商売で成功して――。
「お兄ちゃん、ランディと知り合いなの?」
「くくく、もう少し泳がせても良かったんだけどね。どうも、イヴの兄のカシェラです。どうぞよろしく」
てことは、あの話は嘘!? だ、騙された。
いやね? な~んか普通の人とは違う感じしてたよ? 本当だよ? だってあの馬車に乗り合わせた全員、普通の人じゃないでしょ?
でも、言ってくれればいいのに。ちゃんと猫被って、義兄さんっていったのに。
「まぁ、そういう訳だから。改めてよろしくね」
「え、あ、はい。よろしくお願いします」
少し、固く返したことに、一瞬不満そうに不貞腐れた顔は、イヴとの血のつながりを感じさせた。顔は似てないのに。まぁイケメンなんだけど。
「カシェラちゃん? 私たちにも自己紹介させてちょうだい? せっかくイヴちゃんが友達を連れて来たのよ? もうお母さんは嬉しくて仕方ないの!」
「まあまあ、お母さん。それは僕も同じだよ。ちゃんと順番に自己紹介しないと、ランデオルス君が困ってしまうだろ。ほら、ランデオルス君も楽にしてくれ」
そうは言われてもと、俺がどうしたらいいのかと戸惑っていると、お義父さんはまたしても助け舟を出してくれた。
「それに、ランデオルス君だけじゃない。ウチのカシェラも遅れて来たんだ。どのみち昼食は遅くなっていたよ。それに、君が罪悪感を感じてしまったら、ウチのカシェラはどうなる。見てくれあの不遜な態度を。家族とはいえ、客人の前だぞ?」
柔らかい笑みを浮かべて、そう語るお義父さんの隣で、椅子に深く座り、背もたれに凭れ掛かっているカシェラが、またも悪戯そうに笑った。
そう言われてしまえば、顔を上げざるをえまい。
「では、お言葉に甘えて。改めまして、イヴライト君の学友のランデオルスです。イヴライト君とは同じ寮の同室で、日ごろからお世話になっております。
そして、一礼――。
“パシン”
――をする前に、両の頬をイヴに後ろから手の平で挟まれた。
「固い!」