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魔素というもの


「じゃ、じゃあ一体どうやって?」


「それはな‥‥‥」


 数秒にも満たない溜めがやたら長く感じた。自分の唾液を嚥下する音がやけに大きく感じた。


「土属性なんだ」

「「土属性‥‥‥」」


 俺とイヴの声がハモった。しかしそれは異口同音ならぬ、同音異句なのだろう。イヴは予想だにしなかった土属性が出て来たことによる言葉だろうが、俺にとってのそれは、顔を険しくせざるを得なかった。


「厳密にはその派生と言っていいだろうが、大きく分けるとするならば、土属性だろうな」


 更に眉間に皴が寄ってしまう。出来れば予想を外れて欲しいところである。


「不思議に思ったことは無いか? なんで俺たちは地を歩く。あの大空を自由に飛べない。どれだけ力を振り絞って高くジャンプしたとして、地面に着地するのは何でかってな」


 重力。この星に生きている限り免れることは出来ない星の力。その力を俺がどうこうする事は、現代科学の知識を持っているからこそ、足枷となり、利用など出来ない。


「そこで、ワシは考えた。仮にこの大地が、ワシらを引っ張っているのなら、その力の適応範囲はどこまでなのだろうかと」


「分かった! 大地が引っ張ってるなら、海や、鳥さんたちがいる所よりもっと高い空なんかはその範囲外なんじゃない!?」


 静かに、されど熱心に聞いていたイヴが「はい!」と勢いよく手を挙げて答えた。


 半分正解で半分不正解だ。宇宙に行けば、重力は適応されない。


「ふむ、より高い空は確認したことが無いので分からないが、海は残念ながら不正解だ」

「えぇ~、違うのか~。正解だと思ったのに」


「海も水だからな。生き物だけじゃなく、重さのある物体ならなんでも影響下に入ってしまう」


 重さのある物体ね。賢い言い回しだな。重さを感じない程軽い物も、実際には影響下にあるはずなんだけど、空気より軽いとそうは見えないもんね。


「だがしかし、その影響を受けないものを私は発見した」


 その一言はとてつもない衝撃を俺に与えた。まるで、ハンマーで頭を殴られたみたいだ。


「それは一体‥‥‥」

「魔素だよ」


 この世のありとあらゆる全てに内包されている魔素は、意志の塊であり、魔法の元だ。たしかに、目には見えないが、魔素の濃い場所や、集めた魔素は感じ取ることが出来る。


「魔素かぁ、でも魔素を利用するってなんかあんまりピンと来ないんだけど」


 イヴは「むむむ」と唸りながら頭を悩ましている。

 実際に俺もあんまりピンと来ていない。魔力糸もちゃんと言えば魔力で、魔素ではない。ある程度の自由が利くとはいえ、自分の手から離れると途端に霧散してしまうからな。


「実際に利用した技術としては魔素ではなく、魔法なんだけどな」


 そこで一つ、あまり関係ないかもしれないが、疑問が浮かんだ。


「魔法って、途中で重力の影響下に入りませんか? ほら、水球を敵に当てた後とか、そのまま水は地面に落ちていくじゃないですか」


「それは、魔法が目的を完遂したからだろうな。敵に当たるまでは魔法。けれど、その後は術者が無意識に制御を手放している、そうなれば残されたのはただの水だ、勿論大地の力に引っ張られる」


 魔素、いや魔法も確かに重力の影響を受けていない。となれば、あの絨毯は魔法そのものってことだろうか。にしてはちゃんと模様も柄もあるし、何なら触り心地も確かに絨毯だった。


 でも土属性? いや、流石に絨毯を魔法で作るにしても土は無いだろう。それに、魔法の維持は? 一度生まれた魔法は、自身の魔力が尽きれば消えてしまう。


 重力の影響を受けない、魔法で作った絨毯。作った魔法と、浮かせる魔法は別物だろう。


 もし同じであれば、絨毯が浮くときと、浮かないとき、その切り替えで、絨毯は、絨毯を作るという魔法の制御下からはずれ、ただの物体になる。絨毯を魔法のまま維持する? 考えるだけ馬鹿なほどの魔力消費だ。


 そうなれば、サルヴィンが先ほども言ったような、魔法だから浮いているとは、ニュアンスが違ってきてしまう。


「‥‥‥この絨毯は本物の絨毯なんですか?」

「お、良い所に気が付いたな。これは勿論、ただの絨毯じゃない」


 絨毯そのものに仕掛けがあるのか。


「この絨毯はな、魔石を核にした生命体だ」


「「‥‥‥ッ!?」」


 今度は俺もイヴも同じ気持ちで、仰け反り、絨毯から少し距離をとった。魔石を核にして生きている生物なんて、この世界には一種類しかいない。


 魔物だ。


「そそそ、それって、大丈夫なんですか? 色々と、だって魔物‥‥‥」


 魔物を創り出せる。実際に創り出した、それは人類への脅威と見なされて殺される可能性だって。しかも魔法学園に情報を売ったって‥‥‥これは聞いてもいいやつなのだろうか。


「僕、魔物と一緒に暮らしていたの?」


 イヴが部屋で一人の時も、無防備の時もあっただろう。それを思い返したのか、ぞわりと背筋を悪寒が走っている。


「ん? 何か勘違いしてないか? 俺は魔物だなんて、一言も言ってないぞ?」

「え、だって、魔石を核にした生き物だって」


 俺はサルヴィンの言葉を思い返し復唱した。


「あ~、それはあくまで作る過程でそうなったってだけだ。俺は魔物が重力に逆らうだなんて一回も言ってないぞ? 」


 じゃあ、一体何を。その言葉は発さずに、続きを促した。


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