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箒の理屈

 そこに現れたのは、これまた魔法使いのような恰好をした、白髪に不精髭を生やした、年齢の割には何とも目が快活なやせ細った壮年の男性だ。


「サルヴィン! あ、紹介するよ、僕の学校で出来た友達のランデオルスだよ。で、こっちがさっき話したサルヴィン! 凄腕の魔技師なんだ」


「どうも、ランデオルスです。イヴにあなたに会いたいと伝えたら、ここに行けば会えると」


 俺が軽くお辞儀をすると、サルヴィンは自身の顎をジョリジョリと触りながら、俺の全身を上から下までジロリとつぶさに観察すると、途端に目頭を押さえて、上を向いた。


「なるほど、なるほど。友達が欲しいと蹲って泣いていたあの坊ちゃんが‥‥‥いかんね、年を取ると涙腺が弱くなって困る」


「ちょっと! サルヴィン! 余計なことは言わなくていいの!」


 イヴ‥‥‥君の過去に一体何があったというんだ。いや、アイシャも第二王子もそうだったように、有名な王侯貴族の子供というのは得てしてそういうものなのかもしれないな。


 もう、そこらで同盟作りなよ。お友達同盟。


「すみませんね、これからも、是非、イヴライト坊ちゃんと仲良くしてやってください」


 なんかやけに、是非の部分で念を押された気がしたが、それは杞憂というものだ。イヴに友達以外の感情なんてあるわけないじゃないか。ホワイトソックス教団教主の名に懸けて誓ってもいい。


 なんせ教団の教えの一つは、汝イヴ愛でよ、だ。


 何を当たり前なことをという表情をしていると、少し不安そうな目で覗き込んできたイヴも、質問をしてきた当人のサルヴィンも、安心したような顔を取り戻した。


「で、ワシになんか用があったんじゃなかろうか?」

「あ、そうでした。これです!」


 ガチャガチャと木箱の中から空飛ぶ絨毯を取り出して広げた。


「あ~、懐かしいねぇ。浮遊性をつけるのに苦労したんだよ」

「そう! それです! この浮く技術! これ、どうやったのかを知りたくて!」


 興奮しすぎて、サルヴィンに思いっきり近づいて鼻息を荒くする。

 そんな俺に後ずさるサルヴィンを、逃がさないとばかりに壁際に追い詰めていく。


「分かった分かった。教えるから、そんなにくっつくな。男に迫られても嬉しくもなんともないぞ」


 オホン、おっと俺としたことが、ついつい熱くなってしまったようだ。教えてくれるというなら、冷静になろう。ビークール。落ち着かないと、理解できること理解できなくなってしまうからね。


 俺が姿勢を正し、聞く体勢を整えると、サルヴィンは「はぁ」と溜息を吐き、安心したかのように肩を下ろすと、石ころを拾って、地面に何かの模様を描きだした。


「これは、この絨毯ですか?」

「そうだ、まず、ざっくりと概要を伝えるぞ?」

「はい!」


 俺とサルヴィンが青空教室を始めようとしたところで間に入って、待ったをかけるものがいた。


「ストップ! 連れて来た僕が言うのもなんだけど、本当にいいの? そういう技術って秘匿する者なんじゃないの?」


 イヴだ。彼のいうことはもっともだが、頼む変なこと聞かないでくれぇ。もしこれで「それもそうか」とかサルヴィンが言いだしたら、どうしてくれよう。


 まぁ何もしないんだけど。多分少しの間いじけるぞ。大人のいじけた姿のみっともなさを舐めるなよ?


「あ~、大丈夫ですよ。魔法学校にだってこの技術は売ってますし、授業で習うことも出来るみたいですよ? それに、自分の技術にこんなに興味をもってくれるなんて、魔技師冥利に尽きますんでね」


 ほっ、よかった。これだから技術畑の人は好きなんだ。


「うん良いならいいんだ。紹介した手前、ダメだったらどうしようかと思ってたんだ。ちょっと考え無しの行動だったから、反省しないとね」


 恥ずかしそうに、シュンとしながらも、一安心という感情をイヴの指先が教えてくれた。指のイジイジも可愛いね。


「さて、じゃあ再開するぞ。えーっと、まずは浮く原理だが、魔法学園の子たちが箒で飛んでいるのは見たことあるか?」


 俺とイヴが同時に首を横に振る。魔法学園なんて言ったこと無いしね。


「そうか、ま、アレが浮く原理は風魔法だ。自身の周囲を下からの上昇気流で浮かすんじゃなく、対象を箒だけに絞って浮いてるんだな、あれは。だから箒も一個一個特注で、強度も普通の箒じゃあり得ないぐらい強いんだ」


 そりゃそうか、人が浮くほどの風だ。だいぶでかい台風並みの風をその身に受けるなんて、集中できないだろう。


 ん? ‥‥‥待てよ? じゃあ別に箒じゃなくても、良いんじゃないか? それこそ絨毯でも。


「それを絨毯に応用したって訳ですか?」

「いいや? 違うが?」


 シュン。だってそのまんま応用できそうじゃないですか。


「絨毯みたいな柔らかいものは、そのまんま風の影響を受けると、ハチャメチャに翻ってしまうだろ? 逆にそれに耐えられるように固定、もしくはカチンカチンにしてみろ。硬い繊維質なんて、ただのヤスリだぞ?」


 たしかに、それもそうか。じゃあ一体どうやって絨毯を浮かせたのだろうか。

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