「自分は、イヴライトくんと約束してたランデオルスと申します。イヴライト君に取次ぎをお願いしたいのですが」
大きな屋敷の大きな門の前に、帯剣して立っている守衛に、なるべく礼儀正しく声を掛ける。
表情は冷静に、態度はなるべく下手に、されどただならぬ凄みを出しながら。よく言われるもんね、子供らしからぬ落ち着きって。
そうすれば、この手の、話が本人に行かないというテンプレは起こらない筈だ。
「む、これは失礼した。貴方がイヴライト坊ちゃんの仰っていた客人か。今すぐ報告するので少々お待ちください」
普通にドットヒッチ家の報連相がしっかりしていただけでした。イヴもしっかりした子だからね。カエルの親はカエルってことよ。
守衛さんが手首に付けているブレスレット型の物を操作した。
あれも、魔道具なのかな。話していないところを見ると、電話でもないし、メールにしては操作回数が少なかった。今は昔のポケベルみたいな奴かな?
前世の俺でも見たことない代物だったけど、知識としては知っている。きっとそういうやつだろう。
しばらくすると、遠い玄関の扉が開いて、手を振りながら勢いよく駆けてくる人影が見えた。
お、あの走り方はきっとそうだ。俺も手を振り返す。
「お~い! イヴ~! ゴメンね~、遅れちゃったよ!」
「な! 坊ちゃん! 使用人に部屋まで案内させますのに!」
「ごめんねディントさん。いてもたってもいられなくなってさ、来ちゃった」
可愛いね。来ちゃっただってさ。デートかよ。
「来ちゃったじゃありませんよ。ドットヒッチ家の次男ですよ!? もう少し落ち着いてください」
「あはは、ごめんごめん。ちゃんと反省してるよ。さ、ランディ、案内するよ」
俺の手を引いて屋敷に向かう様は、普段見て来たイヴと違って、なんともあどけない表情だ。
こっちの方が素なのかもしれないな。
屋敷をイヴに連れられて、敷地内を見ていると、大きな中庭には魔法使いたちが切磋琢磨しているし、チラッとドアの隙間から見えた中には大量の書物に埋もれた魔法使いもいた。
なんなら使用人の数の方が少ないように思える。
こりゃ、本格的に軍事力で言えば王国一なんじゃなかろうか。日頃イヴとなんのきなしに親しくしていたが、テキトーぶっこいて、怒らせでもしたら、一瞬で消されるんじゃなかろうか。地図から俺の故郷が。
「いつもこんな感じなの?」
「こんな感じ?」
イヴの自室に辿り着いた俺は、用意されたソファに浅く座り、出された茶を一口飲んで、気になっていたことを尋ねた。
しかし、イヴの反応は、何のことを言っているのか分からないといった様子だ。
「いや、家にこんなに魔法使いの人がいっぱい居てさ。皆切磋琢磨してて、凄い環境だなって」
「それを言ったら、ランディのところの方が羨ましいよ。僕は魔法よりも海竜の扱い方を知りたいんだもん」
「隣の芝は青いってことか」
「ん? 隣の芝?」
「あ、いや、他の人の物の方が羨ましく感じるってことだよ」
「なるほど、それもそうだね」
となしば、こういう言い回しはあんまり浸透してないんだよね。
「それに、ウチにいる人のほとんどは魔法使いじゃないよ?」
「え? でもさっきから何人もすれ違ったじゃん」
「あの人たちは魔法使いじゃなくて、正確には魔技師なんだ」
「魔技師?」
「そう、魔道具の研究をしてる人たちのことだね。恰好については、それっぽく見えるかもしれないけど、ちゃんとした理由があるんだよ?」
憧れやコスプレと言う訳ではなかったんだ。ということは街で見かけた魔法使いだと思ったのも本当は魔技師の人たちだったのかな?
「あのローブは魔法耐性が高いから、万が一の事故の場合でも、最悪を免れるんだよ。ちなみに、これも昔の魔技師が開発したんだよ。それを魔法使いの人が好んで使うようになって、今に至るんだ」
逆輸入みたいなこと? いや違うか。
ていうか、こんなに世界って魔法学が発展してるんだな。‥‥‥ククルカ島では見たことなかったぞ。遅れているのか?
い、いや、他の街でも魔法使いだなんてそうそう見かけなかった。きっとこの街が特別なだけだよ。きっと。
「へぇ、イヴもやっぱり魔法の勉強とかしてたんでしょ?」
「そうだねぇ、この家に生まれたからには、そうなるよねぇ」
「イヴの魔法のセンスは凄いもんな。俺がずっと練習して身に着けた技術も、少しのアドバイスであっという間に覚えちゃうし」
「そんなことないよ。ランディの教えが上手いからだよ。それに、まだまだランディ程の練度は身についてないもん」
魔法使いエリートの家系で、センス系の人間に褒められると、悪い気はしないな。例えそれがおべっかだとしても。
練度というのは、聞こえはいいが、実際に戦った場合、必要なのは威力だ。その点で圧倒的に負け越している。ま、魔法で勝とうなんて思ってもいないけど。
「そうだ! どんな魔道具があるのか見てみたい! 今まで、あんまり見たこと無かったからさ」
特にククルカ島では見た事なかった。なにか理由でもあるのだろうか。