目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
禁断の密

 声を掛けられバレたかと思った。


 だがしかーし、これはね。出て行かなくて大丈夫なんですよ。しばらく待っていると俺以外の誰かが「やれやれ、見つかってしまったか」とか言って、別の茂みから出てくるんですよ。


 妄想の中でちょび髭を付けて物知り顔で息をひそめる。


「‥‥‥」


「何してるんだ? 出て来いよ、ランデオルス」


 はい、僕でした。素直に出ていきます。


「ば、バレてましたか」


 素直に顔を出す。ちゃんと全員こちらを見ている。全員気配察知持ちかね?


「あぁ、気づいてたぞ、村長宅を出るときから」


 最初からじゃないですか。気づいていたならもっと早く言ってくれればいいのに。結構怖かったんだよ? この森薄暗いし、変な鳴き声もしてくるし。


「で、なんで付いてきたんだ?」

「‥‥‥僕気づいてしまったんですよ。あなた方、楽しいことを僕抜きで享受しようとしてますね!」


「「「「‥‥‥」」」」


 四人が神妙な面持ちで、俺の目をじっと見てくる。思わずたじろぎそうになってしまったが、負けじと見つめ返す。


 ここは引かないぞ。楽の文字の前に、俺が背を向けることは断じてないッ!!


「はぁ、参った参った。降参だよ」

「小僧の嗅覚は鋭いな」


 へへ、鼻はいい方なんです。鼻下を擦ってやると、四人は苦笑いする様に肩を竦めた。


「それで! 何を見せてくれるんですか?」

「おう、こっちにこい」


 とてとてと年相応の足取りで近づくと、焚き木に照らされたそれを見せてくれた。


「な! こ、これは‥‥‥ヒレ酒!!」


 お酒。未成年では飲んではいけない例のあれ。それをしかも


「小僧は今何歳だったかなぁ?」

「十五です!」


 本当は十一、前世を加えれば四十オーバーです。こちらの世界では十五で成人なので、十五と嘘をついてみた。

 大丈夫大丈夫、お酒強いから、多分。島の皆も両親もみんなザルなんだもの。大丈夫だよ。


 それに何を隠そうヒレ酒が一番好きなんだよ。不思議と香りがお酒を一段とうまくさせる。あの味が何よりも一番好きなんだ。


「嘘つけ、どう見ても十歳前後だろ」

「い、いやぁ? 十五ですけどねぇ」

「違うよね。十一だよね?」


 指摘してきたカシェラに思わず驚いた顔を晒してしまった。


「なんでそれを!‥‥‥あ」


「プフッ、あっはっはっは。分かりやすすぎるよ」

「ガハハハ! 子供にはまだ早いなぁ」

「国が違えば飲めたのにな。こんなところで出会った小僧が悪い」

「子供は飲んじゃだめだよ? 体への負担がデカいよ」


 ぐぬぬぬ、この大人どもめ。正論パンチをぶつけやがって、自分たちも一から百まで全部正しいことをしてきてないだろうに。大人になるにつれてどこかで必ず道を間違えることはある。

 全部が正しい人間なんて存在しないのに。


“スッ”“サっ”


 俺がスリの銀二の如く手を伸ばす。しかし、ダンブルが酒器を取り上げて、俺の手が空ぶる。


 スッ、サっ、スススッ、サササッ。スッ、サっ。‥‥‥。


 ダメだ。身体能力で勝てるはずもなく、がっくりと肩を落とし、握る手を強めた。


 俺が道を間違えるのは今のはずなのに。酒の味を知った人類とは、かようにも愚かなのか。

 愚かにも、忘れることが出来ない。


 こうなったら――。


「ああ!! あんなところに、魔物が!」

「いや、あっちの方にいるのは魔物じゃなくて、狼だな。しかも向こうはこっちを襲う気はなさそうだ」


 なんで、誰も動揺せずにうんうんと頷いているだけなんだ。くそっ、誰一人自分の酒器から目を離さないでやがる。


「そんで、魔物はこっちじゃぞ」


 またしても同様にうんうんと頷いている。スベオロザウンが指さしたのは俺の背後であった。


 えぇ!? 本当にいるの? ど、どこ!?


 振り返って暗闇を睨みつける。


「嘘じゃよ」

「何ィ!!」


 もう一度振り返って、四人の顔を睨みつけると、ニヤニヤと笑っていやがる。しかも視線はこっちに固定しながら、下顎を受け皿にしてグビグビとヒレ酒を飲み干している。


 なんじゃその表情。むかつくぞ。


 しかもとっくりを逆さまにして、最後の一滴を見せて来た。


 あぁ、俺の神の雫がぁ。


 上機嫌にケタケタと笑う大人たちの酒の肴にされて、俺たちは再び夜の森を進んでいった。幸いにも、特に危険があったわけでもなく、皆で村長宅に着いて眠りについた。


 あと四年。あぁ、待ち遠しい。今までそんなにお酒飲みたいってならなかったのに、ヒレ酒に出会ってしまったからか、早く大人になりたいなぁ。


 翌朝、村の人たちに見送られて、出発し、本当に昼頃には先に出発した人たちに合流できた。

 そしてその後は、思いがけない魔物の襲撃により、より一層警戒を強めたために、予定よりだいぶ遅れてドットヒッチ領に到着した。


 俺はここで降りることになったけど、他の四人はきっと、これからも旅を続けるのだろう。嫌いじゃないけど嫌な人たちだったな、またどこかで会うこともあれば一発小突いてやろう。


「ふぅ、じゃあありがとうございました」

「おう、こんなことになっちまったが、今後とも利用してくれよ」


 御者に別れを告げて、ドットヒッチ領の大きな門を見る。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?