「おい、これはどういうことだ? こっちにもゴブリンが来たのか!?」
「あぁ、見ての通りだ。どうやら相当規模がデカくなったゴブリンの巣があるようだな」
ゴブリンの習性として、巣の規模が大きくなると、一斉に群れを何個かに分けて巣を飛び出す。群れの食糧事情や、巣穴の限界に達したからだ。
群れを分けることで、最悪一匹だけでも生き残れば、他の魔物や人間と交わることで群れを作りだせる、ゴブリンならではの生存戦略だ。
その言葉で、ひと段落した冒険者が再び緊張感を取り戻す。
ここで、その巣穴を潰しておかないと、またすぐにゴブリンの氾濫が起こってしまうからだ。
「で、村の方はどうだったよ」
お、俺もそれ聞きたかった。なんか暗い顔してたけど。
「ゴブリンの軍勢は何とか帰したけれど、負傷者、死者ともに多いな。村自体は、時間が掛かるだろうけど、再建は出来ると思うぜ」
そうか。やっぱり俺たちがこの村に到着したときには、もう村は荒らされている最中だったのかもね。悔やんでも仕方ないこととは分かっているけれど、それでもあまり気分がいい物じゃない。
願わくば、安らかに‥‥‥。そして残された者たちのこれからに幸の多からんことを。
このあとは冒険者の中で行動が二つに分かれた。
大きな街、ノミリヤ学園のある街に戻って、冒険者ギルドに報告に行き、そののち出されるであろう復興依頼に参加する者。
そしてもう一方は、このまま馬車の護衛を続ける者。どちらにしても大事な役割だ。
意外とこういう時の異世界は互助の精神が発達しており、僅かながらに安心した。
さて、気を取り直して再出発と行こうかと意気込んで、あることに気づく。
「あ、俺たちの馬車」
散乱している馬車だったものを見て、そのまま髭の爺さんに視線をずらす。あ、目が合った。
お爺さんは、ふいっとすぐに目を逸らした。
やっぱり。考え無しの行動でしたか。で、どうすんの? 街に戻る冒険者たちも、その足には馬車が必要だ。一基たりとて、余る馬車は無い。
「「「「「‥‥‥」」」」」
他の馬車に次々と乗客や御者が戻っていく中。俺たち五人は崩れた馬車の
前に集まり、沈黙に徹して、気まずい空気が流れていた。
ちなみに、ウチの馬車は馬が勝手に前に着いていくように躾けられているので、御者はいない。だからこそ、誰も大きな声で責める人がいない。皆優しいんだな。
なので、最年少で、何を言ってもある程度は許されるおこちゃまな俺が先手を打った。
「これ、どうするんですか? 馬車‥‥‥壊しちゃいましたけど」
「むぅ」
爺さんの悩める声に他の全員の視線が刺さる。
「そうじゃのう。‥‥‥村から借りてくるというのは?」
「流石に今の状況じゃダメだと思います。瓦礫の撤去に、これからの生活のために食料の搬入もありますし、どれもフル稼働だと思います」
爺さんの突拍子もない提案に、即座にお兄さんが反応する。すごい! お兄さんは剣術だけじゃなくて、正論パンチも打てるんだね!
「じゃあ、本格的にまずいかも?」
俺の言葉に一同が顔を顰める。他の乗客たちは準備を終えたところも出てきて、いよいよ時間がない。
「ある程度、形の整った材木があれば、どうにかなるんだけどなぁ」
顎に手を当てて、隈のおっさんが独り言ちる。
そう、形の整った材木さえあれば、どうにかなるんだよね。‥‥‥ん? どゆこと?
「えっと、直せるってことですか? このほぼガラクタみたいになった状態から」
「う、うん。実は僕、大工でさ。馬車なら前にもう作ったことあるし、設計図も大方は覚えてるよ。あとは他の馬車と見比べればイケる。‥‥‥と思う」
すげぇや。やっぱり苦労人こそ凄い人、偉い人なんだよ。実際報われたしな、前世の俺。
社会でコキ扱われているすべての人が極楽に行けそうな暴論を、一人で納得していると大剣を持ったおっさん冒険者が口を開いた。
「つっても、木材なんて村から搔っ攫ってくる訳にもいかねぇし。その辺に落ちてるものでもあるまい。どうすんだ? そこら辺に生えてる木じゃ、水分が多くて、次第に変形しちまって使い物にならんだろ」
そう、水分の含んだ木材は、乾燥とともに内部の水分の合った場所が空洞となり、力がクッわることで変形してしまう。木が生えてない草原とかで、壊れてしまったらそれこそ打つ手が無くなってしまう。
「乾燥させればいいのか? じゃったら出来るぞ」
今度はちゃんと本当だろうな。もう、疑いの目を掛けられるようになってしまった爺さん。本当かどうか確認するために、おっさん冒険者に、その辺の木を幹から真っ二つにして、目の前に倒すと、お爺さんはその大木にそっと手を翳した。
「火の精霊よ。風の精霊よ。過ぎ去る日々の渇きを。彼の者に与え賜え【乾燥】」
ちゃんと詠唱するんだ。魔法苦手なのかな? ふふ、馬車を壊したことに対する罪悪感からの申し出だったりしてね。
苦手ってことはさっきの炎の斬撃は魔法じゃなくて別の方法で生み出していたのか。どんな技術だろうか。