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コリーおばさんとフィオナ

「コリーおばさん!!」

「ん? あぁ!! ランディじゃないか。今帰って来たのかい?」


 校舎の入り口で掃除をしているコリーおばさんに駆け寄る。彼女もこちらに気が付いて大きく手を振って迎えてくれた。


「はい、ちょうど帰って来たらコリーおばさんがいるんだもん。嬉しくなっちゃって」


 本音。なんだろうな、家族とも友達とも違うこの安心感。人として尊敬できる部分というのはまた違った安心感がある。彼女の皴の多い笑顔は薄暗くなったこの時間でもやけに明るく見えた。


「やだよ~、褒めても何もで出て来やしないさ。そうだ、夕飯は済ませたかい?」

「いや、まだです。これから食堂に向かおうかと。朝に貰った軽食を食べただけで、もうお腹ペコペコですよ」


 ご飯の話をされたので、とてもお腹が空いてしまった。もともと空っぽだった胃袋が刺激されて、口の中で唾液がじわじわと溢れてくる。あ、あかん、本当に胃に胃酸があふれてきて、ちょっと気持ち悪い。


「なら、ちょうどよかった。これからヒナバンガのところに行くんだけどどうだい? アタシがご馳走するよ?」

「本当ですか!? 行きたいです! 褒めたらちゃんと出てきましたよ、とっておきのが」


 はい、喜びが気持ち悪さを上回りました。奢られて喰うメシが一番うまいんだから。


「あはは、そうさね。アタシも安い女になったもんだよ」

「おっと、それは否定しておかないとですね。いつだってコリーお姉さんは気高く美しい女性ですよ」

「王都に行っておべっかも覚えてきたようだね。悪い大人になるんじゃないわよ?」

「勿論です」


 コリーおばさんを本気で落とせるような人がいるなら見てみたいもんだね。所説はあるけれども、聞いたなかでもずっと独身を貫いた女性を振り向かせるなんて、恋愛経験平凡男の俺には無理だね。

 仮に出来たとした、その男は悪いなんてもんじゃないだろう。悪魔かなんかだと俺は思う。


「それじゃあ、あと十分ぐらいしたら片付けも終わるから、そのときに門の前で集合でいいかい?」


 パンパンと手に付いた土を叩いて落とすと、彼女は満足そうにニカッと笑った。


「はい大丈夫です。僕はちょっとフィオナのところに顔を出してきますね」

「あいよ」


 俺はその場を後にして、竜舎に向かった。


 日付にしていえばそれほど離れていないはずなんだけど、俺が三年間気を失ってからはじめての遠出だから、会えなくなることに慣れていない。というよりトラウマに近いのかなと。あれからいつもより甘えたい欲が強くなっているような気がするし。


 ちゃんとご飯も食べて、運動もしてくれてたらいいんだけど。全く何も問題なかったらそれはそれで寂しい気もするが、健康であって欲しいとも思う。


 サプライズみたいになってしまったが、一体どんな反応をするだろうか。


 竜舎に辿り着くと、こっそりと扉を開けて、フィオナの柵まで近づく。中を覗いて見ると、巣穴で寝ていたようで、顔、いや鼻先だけだしてヒクヒクさせている。俺の匂いでバレたか? どうやら確証が持てないようで、ついには首までだして辺りを見渡している。


 しかし、当然悪戯をしようと思って入って来た俺は身を隠して、柵の隙間から様子を伺っている。


 ながらく探していると、ついには「ぴぃ、ぴぃー」と悲しそうな声で鳴き始めたので、流石にやりすぎたかと姿を現してあげた。


「おーい、フィオナー。帰って来たぞー‥‥‥っ!? やばっ!!」


“ドシーン”


 俺を見つけたフィオナがその巨体からは想像もできないぐらいペタペタと器用に足ヒレを動かしてそのまま策に突進してきた。


 なんとか壊れなかったものの、完全に建付けは悪くなった。おいおい、これ直すの担当者の責任になったりしないよな。


 そんな不安に駆られている間に、俺の身体の周りをフィオナの首が巻き付いて、すりすりと顔を擦りつけてくる。


「ぴぃー、ぴぃー、ぴぃー」

「あーよしよし。いいこだから、いいこだからもうちょっと力を抜いてなぁ~」


 しばらく撫で続けてやると、ようやく落ち着いたのか、首の絞める力を緩めて、俺と真正面からお互いの顔を見る。


「ただいま。ごめんね一週間ぐらいかな? 空けちゃったけど元気にしてた? ちゃんと他のお世話してくれてた人の言う事きいた?」


 俺が気になってた事を訊ねると、フィオナは顔を背けて、目で「何にも悪いことしてないですよ」と言いたげにちらちらとこちらの表情を伺ってくる。


「いや、それやってる奴の仕草やんけ。‥‥‥はぁ、明日からまたちゃんと苦手な餌も食べて貰って、運動もしっかりね。今日は帰って来たよって報告だけだから。また明日ね」


 最後にフィオナの目の前に手の平を出してやると、フィオナは自ら自分の鼻先を俺の手に当てた。


 お、これかわいい。別れの挨拶の芸として教えようかな。


「じゃあ、また明日、起こしちゃって悪かったね」


 竜舎から門までも少しかかるので、時間にして言えば2分にも満たない少ない時間だったが、フィオナの姿を見れて良かった。


 さて、この後はお待ちかねの大ご飯大会です。きっとヒナバンガさんのことだから山盛りに作ってくれると思う。少しでも多く食べるために胃袋を落とさなくてはと、スキップで門まで向かった。


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