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仕返しのリスク

 無事仲直りをした後のメインディッシュはやたら美味しかったと記憶して、良い気分でベッドに寝ころんだ。


 窓から見える月や星々は、静かな夜にとても似合っていた。明日も朝早くに出発しなければならないので、早めに寝ようと、未だ眠たくない瞼を閉じて、じっと意識が沈むその時を待っていた。


 コンコンとドアを叩く音で目が覚める。あ、今一瞬寝ていたのにと不満をおくびにも出さず、「はい、開いてます」と返すと、ガチャリとドアを開け、入って来たのはパジャマ姿のアイシャだった。


「おいおい、いいのか? こんな夜遅くに一人で男の部屋に入って」

「いいもん。ランディだから」


 男として見られているのか、見られていないのか。そもそもあの辺境伯はちゃんと情操教育をしてるのか怪しいな。貴族の娘だけど、目に入れても痛くない程可愛がってるからな。


「それで、どうかしたの?」

「ちゃんと、お礼してなかったから」


「いいよ別に。俺はちゃんと約束を守りたかっただけだし、それに喜んでくれただけで報われたよ」

「ううん、それでもお礼が言いたいの」


「そうか、分かった。じゃあ、はい。お願いします」


 俺が手のひらで促すと、アイシャは姿勢を改め、背筋を伸ばすと、意を決したように息を吸い込んだ。


「プレゼントありがとう! すごく嬉しかった! 生涯大事にするわ! ありがとう! 大好き!」


「‥‥‥ん? 今なんて?」


 俺が聞き返すと、アイシャは数秒黙って自分の発した言葉に気づいたのか、夜なのに鮮明に分かるほど顔を赤くして、口をパクパクさせた。


「今のって‥‥‥告白?」

「なななな、何でもないわ! それだけだからおやすみ!」


 淑女にあるまじき猛ダッシュで部屋を飛び出して去っていった。


 俺はそれを見届けると、開けられたままのドアを自分で閉じて、再びベッドの上に寝ころび、目を閉じた。


 ‥‥‥いや、寝れるか!




 次の日の朝、寝不足で体調のすぐれない俺はハバールダ辺境伯家族に見送られながら、馬車に乗り込んだ。


「それでは、お世話になりました。ここまでしてくださって本当にありがとうございます」


 辺境伯、アイシャ母、アイシャ兄は親切に見送りに来てくれている。勿論アイシャ自身もいるのだが、母の後ろに隠れて顔を合わせない。


「ほら、行っちゃうわよ。別れの挨拶はしなくていいの?」


 アイシャ母に窘められるも、彼女は母の服の裾に顔を埋めたまんまだ。


 まぁ、昨日あんなことがあって顔を合わせづらいのはあるよな。そっとしてあげて欲しい。でも、俺は返事を返さなきゃいけない。


 アイシャ自身も思いがけず発して言葉なんだろうけど、それでも告白という勇気ある行動に見て見ぬふりは、失礼だ。俺はもうそういうことはしないって決めたんだよ。文字通り生まれ変わってね。


「アイシャ様?」


 俺が呼びかけると、少しばかり顔を覗かせてこちらを見る。


「俺行くよ。今はそういうこと考えてないけど、もし、自分で出来ることが増えて、自分で責任が持てるようになったとき。その時もう一度ちゃんと考えるよ。だからその時にアイシャも考えてくれ」


「えぇ!? 何々? そういうことなの? あらやだ~」


 アイシャ母が口角をあげてアイシャを自身の身体の前にだす。アイシャは嫌々と駄々をこねて彼女の背後に戻ろうとしている。


 そしてその両サイドのお二人はというと――


「こら糞がきぃ、良い根性してんじゃねぇか? えぇ?」

「‥‥‥いやいや、君は悪くないよ。これは俺の感情の問題だからねぇ」


「御者さん!! 早く!! 俺の首が、物理的に危ない! 早く!!!」


 何だあれ、お二方、後ろに控えるその鬼のような化身は何でしょうか。現実にそんなものが見えるなんて、それも魔法ですか? それとも俺の知らない系統の技術体系? でもそんなことより、俺の命!!





 爆速で飛ばしてもらった馬車でなんとか命からがら逃げだせた。彼らが本気で首を獲りに来ていたら、今頃は‥‥‥やめよう、想像もしたくない。


 そんでもってアイシャは今頃家族に詰められていることだろう。ふふ、昨日の仕返しだ。


 さて、俺は俺で寝不足なので、馬車でひと眠りしよう。ここからノミリヤ学園まではそんなに離れていないので、ちょうど夕方前には付けるだろう。それじゃあおやすみ。





 いったぁ‥‥‥一応クッションの様な座席で寝たのだけれど、車輪から伝わる振動で体を痛めてしまった。


 ちなみに、ノミリヤ学園にちょうど着くころ合いだったので、ナイスタイミングで起きたとは思う。十時間ぐらい寝てたのか? 俺には才能があるのかも知れない。寝るという才能が。


 馬車を降りて、まず最初に出迎えてくれた人物はコリーおばさんだった。なんかすごく久し振りに感じる。慣れない長旅で疲れてしまったのか、実家の様な安心感を漂わせるコリーおばさんに出会えて無性に嬉しくなった。


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