目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

卓上のプレゼント

「聞いているのかな?」


「ハイッ! 聞こえております!」


「それじゃあ聞かせて貰おうか。何故妹が泣いていたのかをね」


 ぐにゃっとアイシャ兄が握っていたスプーンが首のところから、あらぬ方向へ曲がってしまった。そのすスプーン、俺の首に例えているとかないよね?


「それは、その‥‥‥」


 チラッとアイシャを見る。泣いてしまった理由を話してもいいのだろうか。あまりつつかれたくない話題かもしれない。


 しかし、アイシャは俯いて静かにことの成り行きを見守っている。話していいもんか‥‥‥。今度は辺境伯を見る。


 辺境伯は腕を組んで我関せずといったところか。くそぅ、味方がいない。


 アイシャ兄の無言の圧力に負けて、俺は事実を確かめるように話し出した。


「実は‥‥‥喧嘩しました。アイシャ、様にプレゼントをする約束をして、それで、俺が何か不手際をしてしまったようで、泣かせてしまいました」


「あらあら、それはメっ‥‥‥ですよ?」

「‥‥‥」


 アイシャ兄に対して、アイシャ母の反応がありがたすぎる。冗談で叱ってくれる方がやりやすい。これは良い上司だ。


「その不手際とは、何か。見当もついていないのか?」

「‥‥‥あるとしたら、私が溜息を吐いてしまったことでしょうか」


「なぜ、ため息を吐いた」

「‥‥‥何回も提案をさせていただいたのですが、どれも却下されてしまい、精神的に疲れてしまったからです」


 こわい。なんだか前世を思いだして吐き気が。おえっ。


 しばらく沈黙したのちに、アイシャ兄が再び口を開く。しかし今度は俺ではなくアイシャに向かってだった。


「アイシャはなんで、すべて却下したんだい? 全部気に入らなかったのかい?」


 聞かれたアイシャは俯いて沈黙を貫く。どうしたもんかとアイシャ以外の四人で目を合わせて頭を悩ませていると、俯きながらアイシャがポツリと呟いた。テーブルの下の手は見えないが、肩が上がっているので、その手は握りこぶしを作っているのだろう。


「‥‥‥全部、かわいかった」


 一言だけ呟いて再び口を閉ざした。しかしまだ何か言いたげな様子、皆がそれを分かっており続きの言葉を見つけるまで静かに見守っている。


 そうすると、ようやく自分で言葉を見つけたのかアイシャが続けた。


「でも、そうじゃなくて、私は、私が選んだものじゃなくて、ランディが、ランディが選んでくれたものが‥‥‥欲しかった。ランディが私のために選んでくれたものが欲しかったんだもん!」


 恥ずかしさのせいで、最後の方になるにつれ口調が強くなったのは申し訳ないが少しかわいいと思った。


 そうか。“プレゼント選び”だったか。たしかに、全部、俺の目に付いたものをおすすめしただけだったな。それなら、一緒について来ない方がよかったのではと思わないでもないが。


 そんなことを思いながら、俺は懐に手を入れて、例の物をテーブルの上に置いた。


「これは?」


 ここまで口を閉ざして腕を組んでいた辺境伯が開けるように促した。


「これは、俺からのプレゼントです。アイシャのために俺が選んで、俺が買って来たものです。これをアイシャ様に」


 傍に控えていた使用人の人に渡すと、そのまま対面の席に座るアイシャまで、運んでくれた。アイシャはそれを受け取り、先ほどまでの意気消沈はどこへやら、ぱっちりおめめを大きく開いて、俺とプレゼントを交互に見る。


「開けていい?」


 俺に小さな声で聞いてきたので、コクリと頷いて返す。


 包装紙を丁寧に剥がしながら、出てきた木箱を色々な角度から眺める。


 そんなにじっくりと見られると恥ずかしいけれども、使用人を含め他の方々も何が入っているか興味津々のようだ。


 遂にアイシャが木箱を開けた。中身はきらりと光る黄金色の魔宝石の付いた銀色の指輪。


「‥‥‥」


 アイシャは口を開けたまま息を漏らして、言葉に出来ない喜びを漏らしていた。そして、そのまま彼女は自分の右手の薬指へ通して、天井の照明にかざしてその光をじっくりと堪能している。


 指輪のサイズがぴったりでよかった。なんとなくのうろ覚えでサイズを選んだから、どの指にハマるかは分からなかったけど、会う指があってよかったです。一か八かでした。そんでもって、右手の薬指に嵌める指輪って特別な意味は無いですよね? ね?


 それで、機嫌は直してくれるだろうか。


「喜んでくれると嬉しいんだけど、えっと‥‥‥あの時はごめんなさい。アイシャの気持ちを考えてなかった。そんで‥‥‥仲直りしてくれると嬉しいです。お願いします」


 喧嘩した後の仲直りの仕方なんて分からない。最後に喧嘩したのなんて、前世での小学生以来だぞ。なんか、ちょっと気持ち悪い言い方になってしまってないだろうか。


 俺はそんな不安を抱えて、アイシャを見ると、向こうもちょうど真正面から見つめ返していた。


「わ、わたしも悪かったわ。ごめんなさい‥‥‥わたし、ランディのこと嫌いじゃないから。だから、これからも、今まで通り‥‥‥仲良くしてくれると、嬉しい、です」


 思わず、ぽかんとしてしまった。そして、アイシャの下げた頭があがり、再び目線を交わすと、俺たちは二人して、笑った。


 仲直りって、案外簡単なのかもしれない、お互いが本音を話しさえすれば。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?