「では、皆揃ったな。今日は無礼講だ、テーブルマナーにもうるさく言わん。好きに食え。祈りを。」
「「「「「‥‥‥」」」」」
皆が顔の前で指を組んで祈りを始めた。あぶね、普通にいただきますって言うところだった。
部屋でごろごろと、手先に魔力を集めて遊んでいると、いつのまにか夕食の時間になり、メイドさんに呼ばれ、ついていくとまだ誰もいない大きなテーブルのある部屋に連れていかれ、着席を促された。
おぉ、ドラマやアニメで見た貴族や上流階級の食卓って感じだ。食卓という言葉がこんなにも似合わないものか。それに席が離れすぎてるし、家族団欒もあったもんじゃないなと思っていると、アイシャ達が入室した。
“達”というのは、入室したのがアイシャ一人ではなかったからだ。
まずはアイシャ。全然目を合わせてくれない。こんなんで本当に渡せるのだろうか。
次に第二王子と同じくらいか、それ以下の歳の男性。誰? こちらを一瞥すると、軽く会釈をして、席に着いた。なんか気まずい。
三番目は、アイシャを大人しくさえて成長したような、年齢不詳の美人な女性。誰? ‥‥‥大方の見当はついており、アイシャの母親だろう。てことは、あのイケメンも家族、アイシャのお兄さんってところか? アイシャのお母さんはこちらに微笑みながら会釈をして席に着く。
美人の笑顔ってなんて栄養素? ビタミン、いやC、なんつって。アイシャの母親に見とれていると、アイシャに睨まれた。‥‥‥久しぶりに目が合ったと思ったらこれです。すんません。
そして、最後に辺境伯その人が入室し、次々と料理も運ばれてきて、目の前に一皿だけおかれた。
流石貴族様だ、実家のご飯がフルコースだなんて、贅沢にもほどがある。と、思ったところで、冒頭に至ったわけだ。
祈りを済ませた俺は、ハバールダ辺境伯の家の味、どんなもんじゃいと、食には一家言ある日本人魂を発揮させ、目の前のサラダを食べようと、手を動かしたとき、違和感に気づいた。
まだ誰も動いていない。
え? 何? なんかあるの?
フォークをとろうとする手を膝の位置に戻し、なんとなく雰囲気を合わせていると、辺境伯がまず一口咀嚼した。
おぉ、なんか食べてるだけでも絵になるな。なんでだろう、やっぱり筋肉か?
そして辺境伯が嚥下したところで、他の皆も食べ始めた。食べていいのだろうか。念のために俺だけ余分に待ってから食べ始めた。テーブルマナーは気にしないって言ったのに。お、このドレッシング美味い。
フルコースはどんどん進んでいき、どれもちゃんと美味しかった。そして、最後のメインディッシュを前に、アイシャのお兄さんが口を開いた。
「父上、今更ですが僕はまだ挨拶をしておりません。お互いに名前も知らない状態で、夕食を終えたくありません。それに父上も母上も緊張しすぎです。アイシャを元気づけるために仲の良いこの子を呼んだのでしょう。これじゃあ、せっかくの夕食が台無しです」
お、おにいさん‥‥‥!! 俺の心の中の乙女がキュンキュンしちゃいますよ!
なんて心優しきイケメンなんだ。天は二物を与えたもうたか。そんで重々しい空気かと思ったら、緊張してるだけだったのか。なんか言われるんじゃないかと警戒して損した。
「う、うむ」
「そ、そうね。じゃあ自己紹介しましょうか」
お兄さんの鶴の一声で突如自己紹介が始まる。はじめはお母さんのようだ。
「では改めまして、アイシャの母のハバールダ・リオネッツァ・リンカ―ディアです。娘がお世話になってます」
「ククルカ島のランデオルスと申します。娘さんにはダンスを教えてもらったので、お世話になったのは私の方です。その節はありがとうございました。」
「まぁまぁ、本当に礼儀正しい男の子ね。アイシャと結婚しない?」
「ママ!!」
アイシャ母の突拍子もない発言に、思わずこれまで沈黙を貫いていたアイシャが立ち上がって反応した。しかしすぐに我に返ると、俺の方をゆっくりと振り返り、かぁ~っと顔を赤くすると「うぅ」と唸りながら着席した。
「あらあら~」とアイシャ母は楽しそうに微笑んでいる。
「母上もお戯れはよしてください。まだ僕の自己紹介が終わってません」
「ふふ、ごめんなさいね。アイシャがかわいくて、つい」
「ついじゃありませんよ。全くもう。‥‥‥さて、僕の名前はハバールダ・リオネッツァ・サグランドです。アイシャの兄で18歳、噂はかねがね聞いてるよ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします」
やっぱり、顔は父親に似て無表情でちょっと圧があるけれど、優しい人のようだ。ちょっと一安心。性格まで父親に似て、ウチの可愛い妹をよくも泣かしてくれたなとか言われたら、怖すぎて立ち直れないかもしれない。
「ところで、ウチの妹が昨晩目を腫らしていた件について、聞いてもいいかな?」
ヒエっ‥‥‥。
俺が喉を絞ったとき、部屋の扉が開きメインディッシュの肉料理が運ばれてきた。まだに括ってないのに胃もたれがするのはなぜだろう。