「いらっしゃいませ‥‥‥何かお探しの物はございますか?」
やってきました、アクセサリーショップ。子供が入って来たにも関わらず、接客態度を変えないところは良い所に決まってます。よし、ここで買おう、きっと売ってるものも良いものに違いない。
「女の子に指輪を贈りたいんですけど、なるべくシンプルな感じのものがよくて‥‥‥ありますか?」
「それでしたら、こちらの方などはどうでしょうか。シンプルながらも意匠のこった一品になっております」
おすすめされたものは銀色の金属で出来た指輪で小さな黄金色の宝石が付いている。宝石の知識はないから、これが何なのかは分からない。こういう時はちゃんと聞いてみよう。変な意味だったら、あとで大恥をかいてしまう。
「この宝石は一体なんて言う宝石ですか?」
「こちらはただの宝石ではありません。魔力を込められる魔宝石と言うもので、タイガルトという名がついてます。通常の魔石より効率よく魔力を込められます。なので、このリングの裏に掘られてある守護の中級魔法陣を魔力が無くても一回は発動できます」
ほうほう、ちゃんと効果が保証されてるお守りみたいなものか。いいじゃん、いいじゃん。これにしようかな。アイシャの金髪と魔宝石の黄金色がよく似合うじゃないか。
これならきっと、喜んでくれるに違いない。
それに、指輪を贈ることがプロポーズの証となるのは前世での話で、今世でそのような話は聞いたことないし、ククルカ島でも、既婚者が左手の薬指に付けているというのも見たことが無い。
つまりは、無駄な心配もしなくていいのさ。これがご都合主義ってやつか。サイコー。
「それじゃあ、これにしようと思うのですが、念のために他のも見ていいですか?」
「はい、ごゆっくりと」
他のデザインを見てみたいというのも本音だが、魔宝石に興味が湧いた。いつまでたっても異世界は新しい発見があるから面白い。
他の指輪を見ていると、魔宝石にも色々な種類がある。赤、青、緑、etc‥‥‥。それぞれに属性親和性があって、刻み込める魔法陣と、込める魔力にそれぞれ違いがあり、石言葉もそれぞれ違うそうだ。
ちなみに俺が選ぼうとしているタイガルトは、土属性と親和性が高く、守護の魔法陣も土属性の物だ。
石言葉は“揺るがぬ安定”やら“まもるべきもの”だとさ。こっぱずかしさもあるけれど、そこまで、石言葉を気にするような趣味じゃないだろう。もし、そういうのが好きだったらギャップで好きになっちゃうかもしれない。それくらい無いだろうと思っている。
ということで。
「これにします」
「はい、承りました。ではこちらがお代になります」
提示された金額は12万。予算より少しオーバーしているが、以前第二王子から貰ったお金が残っている。やってて良かった人助け、情けは人のためならずとはこのことですな。
俺は丁寧に箱ごと包装までされた指輪を受け取り、懐にしまって領主館へ戻ることにした。
「ありがとうございました」と店員の声を背後に、お店を出ると太陽は真上を通り過ぎ、少し傾き始めている。
そういえば、まだ何も食べてなかった。何か食べてから帰ろう。
ぐぅ~~と腹を鳴らした俺の目線は既に、目の前にあるレストランに固定されて放さなかった。
…
‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
「ふぃ~、喰った喰った」
露店での食べ歩きも良いけど、やっぱり高いお店は平均点が高くて、安定して美味いから、迷ったら高い店。新しい発見、冒険したいなら食べ歩き。こういう本だそうかな。
腹に溜まったパスタに満足感を覚えながら、今度こそ領主館に向かう。
戻ってくると、とりあえず俺に用意された一室で一息つく。椅子の背凭れに脱力しながら、だらーんと伸びをする。
「さて、なんて言って渡せばいいんだろう」
非常に困っている。だって、あんだけ喧嘩別れみたいにして、まだ仲直りも出来ずに、一日が経っちゃった。
時間が解決してくれることもあるが、時間が溝を深めることもあるのも本当だ。
「あの時はごめん、これ、約束のプレゼント――いや、まず話を聞いてくれるかな?」
一人でイマジネーションアイシャに渡す練習をしてみる。しかし、どれもしっくりこない。
「声を掛けたら即ダッシュで逃げられるなんてことは‥‥‥あり得るかもしれない」
イマジネーションアイシャで試してみたら、なんの違和感もなく逃げていった。それが一番まずい。渡さないという選択肢はない。けれどもどうしてか、上手く渡す未来が見えない。
「強制的に渡せる機会があればなぁ、ってあるじゃん。俺夕食にお呼ばれしてたんだった」
せっかくだからと、俺が昼過ぎに戻って来た時に、メイドさんを通じてそう言われたんだった。
じゃあ、その時に渡せばいいか。それこそ、グッドタイミングだ。もしかしたら辺境伯が俺たちを見かねて気を使ってくれたのかもしれない。娘のことになると積極的に介入してそう。
「ハッックション!! あー」
「風邪ですか? 伯爵様が?」
「なんだ、空から槍が降って来たみたいな目をしおって」
「い、いえ申し訳ありません。何か羽織りますか?」
「いや、これは誰かが噂してるな。まぁ気にせんでいい」
執務中の辺境伯と従者の会話など、ランデオルスが知る由もなかった。