領主館に戻ると、ハバールダ辺境伯にしこたま怒られた。俺が。なんで?
俺ちゃんとアイシャを見つけてここに連れて来たのにね。そんな意味を込めてトロンさんを見る。だが彼は一向に目を合わさない。どことなく関わりたくないという雰囲気を感じる。辺境伯の娘に対する溺愛って、ここまでなんですか?
そりゃトロンさんも辟易して、関わりたくないと思っても仕方ないな。この状態の面倒くささをまさに己の身で体感している。まさか、娘のことになるとネチネチタイプだと思わないじゃないか。
「わかったな、ランデオルスよ」
「はい! 不肖ランデオルス、今回のことを胸に刻み、以後このようなことが起こらないように精進いたします」
ちなみにアイシャは帰って来てから自室に籠ってしまったのでここにはいない。そのせいでハバールダ辺境伯がこんなことになってしまっているのだが。‥‥‥本当に、英雄と呼ばれた人物か?
「ふむ、ならば行動で示してみせよ。そして、小癪だがお前には褒美をとらせねばなるまい」
「え?」
なんでだ? あ、一応無事アイシャを無傷で返したから?
「驚いておるようだな。俺は公私混同しないタイプなんだ」
さっきまでのはプライベートという事ですか? 落差がひどい。
「一つ目は社交界での我が家の家名を救ってくれたこと。二つ目はアイシャを無事に連れ戻してくれたこと。以上2点、お前に助けられた回数だ。よって報奨金を出すことにした。渡してやれ」
辺境伯が手をパンパンと鳴らすと、部屋の外から従者の一人が手のひらほどの袋を、大事そうに板の上に乗せて運んできた。中にはどうやらお金が入っているようで、動くたびに硬貨の擦れる音がする。
最近お金貰ってるなぁ。‥‥‥お金は貰えたけど、使い道に困っちゃう。なんであんな大金貰ったのに、二つしか買ってないんだろう。もしかして、俺買い物下手? いや、俺のせいじゃないな、これに関しては完全に。
お金を受け取り、意地汚いかもしれないが、中身を確認せざるを得ない。
んー、ん? ひぃ、ふぅ、みぃ‥‥‥10万円くらいか?
「少ないと感じたか?」
「い、いえ。そのようなことは‥‥‥」
「ガハハ、正直なやつだ。もう少し建前と本音を使い分けられるようにならねば、他の爺どもにしゃぶりつくされるぞ」
俺は貴族になるつもりはないので、そのような気づかいは不要ですよ、と言いかけたが、ついさきほどそれで女の子を一人泣かせてしまったので、反省はしておこうと思います。
「で、だ。その10万円は貴族の女の子にプレゼントするときの相場だ。有効に使うように」
「‥‥‥はい!」
そして、辺境伯から解放されて、戻って来た街。
今日一日は街でゆっくりした後、ノミリヤ学園に戻って、十日ほど経てば夏休みだ。
夏休みか。いいなぁ‥‥‥学生の頃の青い夏。じりじりとした日差しに、蝉の声。生い茂る葉っぱは天然のカーテンだ。夕暮れ時、オレンジ色の温かさは、なんであんなにも切なく感じるのだろうか。
あかん、感傷的になった。未だに前世の思い出に浸るのは悪いことではないんだろうけど、どこかで、今世の両親に申し訳なく思ってしまう。そんなことを考えずに、どっちの両親も俺の両親だ! と心の奥底から大きな声で言える日が来ればいいなぁ。
な~んて沈んだ考えは置いておいて、俺にはしなければならないことがある。
そう、アイシャのプレゼント選びだ。
約束は約束だし、辺境伯から、ちゃんとそれ用のお金も貰ってしまったので、街でぶらぶらとお金を大切に懐にしまいながら、目的のお店へ来ていた。
「ウェディングプランナー兼それに付随した物を売ったり作ったりしてるのかな?」
店の中を窓から覗いた感じはそんな気がした。
「でも、流石にこれは無いよな。俺たち結婚するわけじゃないから、俺があげたらキモいし、それに今プレゼントしたところでサイズなんてかわるだろうし‥‥‥」
ショーケースに飾られた純白のウェディングドレスは多くの視線を集め、そのなかに鎮座している。
ん~、ドレスはダメ。ティアラもなんかな~。ブレスレットやネックレスが安牌? こっちの世界の価値基準が分からん。 向こうの世界だとそのアプローチは結構重めなんじゃないかと。
一旦この店を離れて、表通りの散策に移る。髪飾りは一度成功しているからいいのかもしれないけれど、「あ、安牌選んだな」と思われたら嫌だし、多分アイシャもソーニャと同じだとあまり喜ばない気がする。
なんだかライバル視してるし。
‥‥‥そうだ! 指輪はどうだろうか。宝石の付いた奴じゃなくて、シンプルなファッションとしての指輪。意外とこの世界でも付けてる人が結構いるんだよね。
そうと決まれば早速お店を探そう。露店じゃ十万円なんて大金を扱ってるようなものは無いから、店舗型のアクセサリー店を探そう。
俺はこの街で割と裕福な家の集まる地域を目指して、歩き始める。そこの近くの大通りならあるだろうと踏んでのことだ。