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アイシャの想いⅡ

 いよいよ本番だ。ちゃんとした衣装に身を包んだランディは普段より、一層格好よく見えた。


 私のあげた耳飾りも大変よく映えており、付けているのを確認したときはダンスを前に踊ってしまおうかと思ったほどだ。しかし、多くの目に晒されている中で、家の名に泥を塗るような行為は出来ない。それに社交界デビューしたランディのため、見本となれるように動かなくては。


 それにしても、あの子がランディの本番を努める相手ね。一体誰なのかしら。すると、仲良さげに私たちの会話に入って来た。


「まだ私とランディが話してる最中なんですけど! 割り込むのは失礼じゃなくて!? それにあなた誰よ!」


 あぁ、いつもこうだ。ランディのこととなると、つい言葉遣いが荒くなる。本当はもっと柔らかく話したいのに。


 む、私の? 幼馴染ねぇ、ふーんなるほど。これは所謂、一番仲の良いと思ってた人に、自分より前から付き合いのある友達が現れたってやつね。だからこんなに無性に腹が立ってしまうのね。


 でも、私はプレゼントをあげて、彼はそれを気に入ってくれた。その事実は変わらないわ。‥‥‥って、結婚!? それはつまり、結婚って意味よね?


 ランディと結婚。


 想像してみた、顔が赤くなりそうなほど幸せな風景をいとも簡単に、想像できてしまう。好きな人と結婚できるなんて、貴族にとっては夢物語だ。結婚してから好きになるといった話はたまにあると噂で聞くけれど。


 そうか、そういう道もあるのか。ランディはすごい人だもの、功績を挙げたからこの場で主役を果たしてるし、凄い人だから貴族にも認知される。ランディとなら‥‥‥。


 負けないわよ。


 私と踊る番が来た。ランディに手を引かれて、広間の中央に移動して、踊りながら、気になったことを聞いてみた。


「楽しそうにしてたけど! 何の話してたの?」


 話を聞いてみれば、私の知らないランディの話。昔の事とか、私の知らない人の話。なんだか悔しかった。今一緒に踊っているのは私なのに。


 積極的になりたくて、でも私はアピールの仕方なんて分からない。ただ彼と一緒に居たいから、いつもより密着して見せる。


 それが良くなかった。足をもつれさせて、転び――そうになっただけだった。ランディがしっかりと支えてくれたのだ。


 あ‥‥‥。やっちゃった、ランディの大事な式も、ハバールダの家名も、台無しにしてしまった。


 逆光でうまく見えないけれど、ランディは私の愚行を気になんてせず、ただいつものように優しい顔で心配してくれてる。


「ご、ごめ――」


 謝ろうと、呟いた言葉は“パン”という音にかき消された。


 ランディ越しに見えるキラキラとした幻想的で神秘的な水魔法の使い方。攻撃ではなく、人を幸せにするための優しい魔法。


 そして、そのままダンスを継続している間も、魔法はずっと展開されていて、音楽隊もそれにあわせている。


 元々、あの不格好なポーズから始まる一連のダンスのように。


「俺とアイシャのダンスを見せてやろう。ちょうどいい舞台だと思わない?」


 吸い込まれそうなブロンドの瞳には、今私だけを見ている。私だけを案じてくれている。


 これが、人を好きになった瞬間だ。こんなにも分かりやすく、はっきりとこの瞳の中にある者が恋心だと気づくものなのか。


 感情が高ぶり、悲しくなんてないのに、溢れだした気持ちが涙に替わりそうになるのを必死で止める。


「私、今日のこと一生忘れない。‥‥‥ううん、忘れられないと思う」


 あぁ、ランディ、大好き。


 しばらく余韻に浸っていたけど、気づけばランディが走り去っていくところだった。なにやってんの?


 あぁ、ソーニャが対応に追われてるわ、ちょっと手伝ってあげないと!


 ひと段落した後、バルコニーでランディを見つけたので話しかける。するとソーニャが勝負を仕掛けてきた。いいじゃない、買ってやるわよその喧嘩!




 一夜明けた後、私はランディと過ごそうと思い、部屋を訪ねるも既に部屋にはひとっこひとりおらず、行方もしれず。結局、自分の部屋に戻り一日を勉強に当てた。なんて退屈な一日だっただろうか。ここ最近が楽しすぎたせいもあるけれど、そういえば、前まではずっとこんな生活だったことを思いだした。


 もう、どうしたらいいのよ。


 明朝、ランディを送り届けるために、馬車を用意させて、ソーニャとの別れをしているところだ。


「私の方が大丈夫。ランディがプレゼントしてくれたこの髪飾りがあるから‥‥‥ポっ///」


 ん? 確かに昨日まで付けていなかったその耳飾り、プレゼントだったの? まだ私はなにも貰っていないのに?


 揺れる馬車の中で、私の機嫌を取ろうとしたランディに、プレゼントをしてもらう約束を取り付けた。私だってランディに選んでもらいたい。


 なのに、それなのに、ランディはちっとも私のために考えてくれない。私はランディに選んで欲しいのに。選んでくれたなら、似合うかどうか考えて、心遣いをプレゼントしてくれたなら、私は一生大事にするのに。


「はぁ」


 気づけば走り出してしまっていた。慣れ親しんだ街。どこに何があって、この道はどこにつながっているかもわかる。


 独りで居たい気分なのに、逃げ込んだ先は思い出の場所だった。


 なんであんなこと言っちゃったんだろう。きっとパパも家で働く人にも、ランディにも迷惑を掛けちゃった。自分が嫌になる。だれかこんな私を救いだしてよ。


「アイシャ‥‥‥?」


 驚いた。困った。嬉しかった。


 何を言えばいいのか分からず、黙って後ろを付いていくことにした。諭されたから。こんなのは良くないって分かってる。私もこのままはイヤなのに。


 ふと、目に入ったお店のショーケース。白い純白のウェデングドレス。その店の前で、裕福そうな商人の格好をした男女が幸せそうに話し合っている。


 あの人たちは好きな人と結婚できる。私も出来ればランディと結婚したい。一緒に居たい。‥‥‥でも、私はランディと釣り合わない、かもしれない。それにパパがなんていうかも分からない。


 私の将来は決まっていないようで決まっている。


 だれかこんな私を連れ出して。

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