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アイシャの想いⅠ


 私のパパは昔、戦場で凄い功績をあげ、英雄とまで謳われた凄い貴族だ。だからその娘である私も貴族の末席にあたるものとしてしっかりとしなきゃという自覚をもっている。


 礼儀作法に、花やお茶にも詳しくならないといけない。そして女に生まれたからには嫁いだ家で夫となる人を支えられるように。そう言い聞かされて育ち、いつも勉強の毎日。


 でも本当は、家を飛び出して街に出かけて、新しい物を発見したり、身体を動かしたりするのが好き。冒険譚を聞くのが好き。ワクワクするような事が好き。空を飛ぶ鳥のように、塀の上で寛ぐ猫のように、自分の行きたいところへ、思うがままに動けたら、それはなんて素敵なことなんだろう。でも、そんなことをすれば、近衛のトロンにも、執事にも作法の先生にも怒られるから、少しだけで我慢する。


 気づけばそれは私の当たり前。別に辛くも悲しくもない、ちょっとだけ退屈で凄く幸せな貴族としての私の人生。



 ある日、私は一人の男の子に出会った。当時私は6歳だったころだろうか。たまたまパパの部屋の前を通り過ぎるときに聞こえてきたの。


「ふむ、海竜を操るように、意思の疎通を図れる男児とな?」

「えぇ、今はたしか5歳でしたか。今度こちらに連れてくるように手配しときます」

「あぁ頼んだ」


 海竜は知ってたわ。海を制するとても恐ろしい魔物でこの国の軍でも使役されている魔物だって。一度パパと軍事演習を見に行った時に遠くからだけど見えたその姿はとても怖かったのを覚えている。


 そんな海竜を私より一つ下の男の子が操っているだなんて、耳を疑った。というより信じたくなかったのかも。とても凄いことを成し遂げているその男の子に嫉妬していたんだと思う。そんな才能があれば、自分で自分のことを決められるのではないかと。


 魔法も学業も平均より少し上、身体能力はパパ譲りでそれなりに自信があるけど、世界一ではない。探せばいるような、少し優れた程度の女の子。私は私のことをそう思ってた。


 そして、船着き場の倉庫で出会った。


「あ、危ないんだからね!」


 私の想像してた顔よりも幾段かだらしなくヘロっとした顔。どこか優しくお日様の匂いがするような雰囲気。そして何よりも驚いたのが、あんなに怖いと思っていた海竜の安心しきった顔。記憶の中で見た、狂気を宿した目の海竜は本物なのだろうか。いや、こっちが偽物?


「私が撫でてあげるって言ってるのに! ずるいじゃない! あなただけ触れるなんて!」


 お互いが、お互いを心から信頼し合っている友達のような、家族の様な、そんな関係性がみて伺える。羨ましかった。私なんて貴族の付き合いでの女の子しかいなかった。男の子は将来の夫候補。


 その輪の中に入れて欲しいのに、なんていえばいいのか分からない。


 でも彼のタメ口が、少しだけ心地よく、彼の使う敬語が距離感を感じさせず。一緒にいる時間が楽しかった。彼となら友達になれるかも。仲良くなりたい。そう思った。

 けれども、別れの時はすぐにやってきて、私は彼の出航を見送った。いつかまた会えたら、その時は本当に友達になれることを信じて、お互いに成長して、今よりもっと凄い自分になって、彼を驚かせよう。そう心に決めた。


 それからは、ちゃんと学校でも苦手だった学業を修めるべく勤しんでいた。しかし、身体と心が成長するにつれて、周りの私を見る目が変わった。


 私は見た目麗しい貴族のなかの貴族であったようだ。同学年から先輩に至るまで、多くの人にアプローチされた。


「ごめんなさい。今はお付き合いとかは考えてないの‥‥‥です」


 私を見る目が気持ち悪い。下心が透けて見える。こんな時、彼だったら‥‥‥。今の私でも変わらず接してくれるだろうか。


 モテるというのも大変で、男が寄り付くと、女は離れていくらしい。表面上の付き合いはあれど、踏み込んだ話はしない。まだパパの子で良かった。辺境伯とはいえ、英雄の子という肩書はイジめの発展を防いでいた。


 でももし、もしいじめられても大丈夫。私の心の中にはいつも彼との思い出が私の芯を守ってくれているから。


 そんななか、ある知らせが入って来た。ランディが重体で意識不明らしい。


「ランディ‥‥‥? いなくならない、よね?」


 私の中の何かが揺らいだ気がした。


 いつも大切にしまっていたものが、わたしの知らないところで無くなって消えてしまうかもと考える。それだけで、何もかもが身に入らない。


 日に日に大きくなる不安と帳尻を合わせるためには、期待を膨らませるしかなかった。そして訪れた朗報は、思わず涙がでるほどだった。


 そしてランディが退院して、ダンスの練習相手を探してると聞いたときにはいの一番に声をあげた。


 久しぶりのランディとの会話は心が躍った。大嫌いだった私の首より下への視線も、なぜかランディだと許せた。いや、嬉しいけど許さない。何か仕返しをしてやろう。ふふふ、こんな悪だくみも久しぶりだ。


 本番のダンスの相手を努めることは叶わないらしいが、それまでは独占できる。そうだ、プレゼントをあげよう。


 父に相談すると、学校終わりにランディの練習相手を努め、その後家の手伝いをすることで、お小遣いをもらえた。実際に受け取ったわけでなくて、私が稼いだお小遣いを溜めて、パパが必要な分までいったら買ってくれたので、幾らしたかは分からないが、絶対にこれ以外ないと、私の直感がそういっていた。


 あれ? そういえば、あの耳飾りをランディへのプレゼントだって言ったっけ? まぁ、言ったでしょ、多分。


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