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女心

「もう少ししたら夏休み。そしたらククルカ島でまた会お」

「勿論。お父さんもお母さんも俺の退院と同時にククルカ島に戻ったし、久しぶりに実家でゴロゴロしたいからね」


 王都散策から一日が経ち、明朝俺たちは王都をグルっと囲うように建てられた城壁の南門に来て、別れの挨拶をしていた。


 馬車の出発を待つばかりの俺に、ソーニャは昨日プレゼントした髪飾りを付けて、見送りに来てくれた。

「安心しなさい! ランディは私たちが責任をもって無事に送り届けるわ!」


 アイシャはお抱えの騎士たちを手を広げて自慢している。そう、俺は何故かハバールダ辺境伯とその娘のアイシャと同じ馬車に乗ることになった。気まずすぎるだろう。乗り物酔いはしないタイプなんだけど、吐きそうだ。


「む、ランディと一緒に居たいからって‥‥‥ずるい」


「仕方ないじゃない! 同じ場所に戻るのに、わざわざ馬車と護衛を倍にするなんて非効率よ!」


「他意をひしひしと感じる」

「そ、そんなことないわよ! ソーニャも元気でね。またどこかで会いましょう! いや、会える! そんな気がするわ!」


 なんかいつの間にか仲良くなっとる。敬語も取れてるし。女の子は、男の子には分からない何かがあるんだろうなぁ‥‥‥まぁ、ええことや。おじさんは嬉しいよ。


 なんて、後方腕組みおじさん面をしていると、「しゅっぱーーつ!!」と騎士たちが大きな声で号令を掛けた。どうやら出発のようだ。ところで、後方腕組みおじさん面ってただの不審者では‥‥‥?



「じゃあ、アイシャも元気でね」

「私は大丈夫よ! ソーニャの方が心配だわ!」

「私の方が大丈夫。ランディがプレゼントしてくれたこの髪飾りがあるから‥‥‥ポっ///」


“ピシッ”


 ん? なんの音だろうか。パカラパカラ‥‥‥これは馬が歩く音。馬車の車輪に不調でも起きたか? いやぁー幸先不安ですね、アイシャの顔にはなぜか影が落ちているし‥‥‥クソっ! ソーニャめ、最後に爆弾落としていきやがって!


 だんだんと小さくなるソーニャを見ると、未だに顔を赤くして小さく手を振って、俺たちを送り出してくれている。


 ソーニャはん、君の婚約者はこのハバールダに戻る道中で行方不明になるやもしれん。その目に焼き付けておいてな。


 俺はキリっとした顔で窓の外の揺蕩う雲を眺めるのであった。アイシャにビビッて目を逸らしているわけではないぞ!




 道中現れた山賊は、やはりというか騎士たちがその練度の高さを見せつけ撃退し、ハバールダに近づくにつれて出現頻度が落ちていった。


 辺境伯曰く、ハバールダの剣と鎖の紋章を見て襲ってくる山賊はモグリの山賊らしい。それなりの規模の山賊であれば、ハバールダ近衛兵に勝てるわけがないことを知っているし、その名声は自分たちの領に近くなるほど大きくなり、襲われることもなくなるそうだ。


 たしかに、この領主は守ってくれている騎士よりも強そうだもんな。


 お宝前のモンスターを倒したと思って、宝箱を開けたらラスボス登場ってどんな罠だよ。


 ということで、アイシャに激詰めされて、街に付いたら彼女に何かプレゼントを渡す約束を取り付けられたこと以外は、特に問題もなく無事に帰還出来た。




「これは?」

「違う」

「じゃあ、こっちは?」

「違う!!」

「あぁ、あれはどう?」

「全然違う!!」


 無事だったのは帰還まででした。ハバールダの門をくぐると、ノミリヤ学園や領主館に行く暇も無く、城下町に連れられてプレゼント選びに付き合わされることになりましたとさ。


 似合いそうな物を片っ端から提案してみるも、アイシャのお眼鏡に適うものは無いらしく、俺もアクセサリーを売ってる店主も困り顔だ。


「せめて、どんなのが欲しいのか教えてよ。ネックレスなのか、髪飾りなのか、ブレスレットなのか」


「髪飾りはイヤ! でも、そうじゃないの! そうじゃないよぉ‥‥‥」


 一体何が正解なのだろうか。「はぁ」と思わずため息を吐いた。


「‥‥‥!! ランディのバカ! もう知らない!」

「あ、ちょっと!」


 アイシャは俺に背を向け街の中を駆けだした。俺や数人付けられていた近衛たちをも振り払い行ってしまった。走り去る前に一瞬見えたアイシャの表情はとても悲しそうな目をしていた気がする。


 帰って来たばっかりで重装備の近衛と、身体能力一般人の俺とでは、ハバールダ辺境伯のサラブレッドであるアイシャに追い付ける者はおらず、そのまま街角に消えていったアイシャを見失ってしまった。


「俺は、このまま追いかけます! だれか他の人に連絡を!」


 追いかけないという選択肢は頭の中になかった。アイシャの身に何かあれば俺の首が飛ぶからだろうか。それとも、あの表情を見てしまったからだろうか。


 俺の嫌いなこと。退屈なこと、面倒くさいこと、笑えないこと、お腹がすくこと、いらいらすること、忙しいこと。自分のせいで誰かが傷つくこと。


 息を切らし、街のいたる所にアイシャの痕跡を探しながら、俺はただただ足を動かし続けた。アイシャ。どこにいるんだ。


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