「いらっしゃいませー!」
「二人、カップルで」
「かしこまりました! では席までご案内しますね! ラブラブカップル一組ご来店でーす!!」
はずいはずいはずい! ほら、他のお客さんもこっち見てるよ。生暖かい目で見られてるよ。こんな紹介されるなんて思わなかった。
と周りの視線を感じながら、目を合わさないように意識して、店員さんの背中だけを見てついていく。と言っても、他のお客さんとすれ違うたびに、視界には入るわけで。
あの男の子も、そっちの男の子も、皆一様にげっそりと疲れた目をしている。君たちもか。思わずそちらを見てしまい、目が合った。
俺とその男のは、互いに互いを励ますように微笑むと、同時に互いのパートナーに気づかれないように溜息を吐いた。お疲れ様。いつの時代も、どの世界でも、男の立場は弱いんだなぁ。
とほほ。なんて言葉には出さないが、無駄な抵抗として、歩幅を小さく歩いてみるもすぐに目的の席に着いた。
窓際の、表通りから一番よく見える場所で、背もたれはハート型になっており、二人が並んで座れるようになっていた。
ぎこちなく座った俺の隣に、ソーニャが詰めるようにして座る。
「一番いい席に案内された。これは自慢できる」
誰に自慢するというのだろうか。学校の同級生? この年頃の女の子ってそういう情報を共有するものなの? 男子だとひた隠しにするんだけど、男女の違いってやつか。はたまたソーニャさんが特殊個体か。
「ほどほどにね、とりあえず何を頼もうか。メニュー表は‥‥‥あった」
「事前に情報は得ている。山盛りパフェが人気らしい、これを二人で半分こするのが良いらしい」
ソーニャが指さした場所を見てみると、大きなパフェの絵が描かれている。ホイップにフルーツ、チョコ菓子などが贅沢に乗っているのが伺える。お値段は‥‥‥ッ!!
思わず叫びそうになった口を押えることで、なんとか店内に響き渡ることは無かった。
一、十、百、千、万、十万。88万円‥‥‥。 待ってくれ、なんでこんなに高いんだ。たかがパフェじゃないのか? こんな甘いだけのものなんて‥‥‥、そうか! そういえば俺、この世界に来て甘いものなんてほとんど食べてないや。砂糖が高価なんだ。
一体、このパフェはどれほどの量の砂糖を使ってるんだ‥‥‥。
俺はソーニャに見えないように財布の中身を確認した。い、一応、朝来るときに俺の部屋付きの人から「第二王子殿下から好きに使ってくれとの言付けを賜っております」と言われ、机の上にチャリンとおかれた巾着袋をソーニャの勢いに呑まれて、中身を確認せずに持ってきていたのだ。
そーっと、紐をほどき、中身を覗き見る。
そこに入っていたのは十枚の硬貨。恐らくそれなりに高い金額だと思われる。思われるというのは、その硬貨を見たことが無いからだ。だとして、これは一体何円になるのだろうか。
「ソーニャさん、つかぬことをお伺いするのですが、これは一体何円か分かりますか?」
そういって、先ほどの硬貨の内の一枚を取り出す。
「えーっと、授業で習った。これは十万円硬貨。製造数が少ないうえに、使い勝手が悪いからなかなかお目にかかれない。良く持ってたね」
「ま、まあね」
セーーーーーーーーーーフ!!!! 殿下ぁ、ファインプレーですよぉ‥‥‥。殿下のお心遣いが無ければ、今頃食い逃げ犯として、牢屋に入れられてしまうところでした。
何で、こんなお店に気軽に行こうなんて言えるのだろうか。不思議に思ったが、もしやと思い、尋ねてみることにした。
「そういえばなんだけどさ、ソーニャの同級生に同じく平民の人っているの?」
「んー、同じクラスにはいないね。同学年には私の他に二人いるけど、圧倒的に貴族の子が多くて、平民の二人も大きな商会の御曹司だって、友達が言ってた」
圧倒的金銭感覚のズレ! そういうことだったか。ククルカ島を出るのも早かったし、平均的な価値観を育む機会が少なかったのは分かるけれども! これは早急に治さないといけない病気です。
「すみません、このジャンボラブラブパフェを一つ、飲み物はダージリンティーと、‥‥‥ランディはコーヒーが好きだったよね。コーヒーで」
「かしこまりました。当店先払いになっておりますがよろしいでしょうか?」
「え、あはい。これで」
袋から硬貨を九枚取り出して店員さんに渡し、お釣りをもらうと、タッタッタと駆け足で厨房へと戻っていった。
なんで俺がコーヒーを好きなのを知っているのかは置いておいて、ひとまず確認せねばなるまい。
「ソーニャはコレの金額知ってて来たんだよね?」
「? もちろん?」
「ちなみに、ソーニャはお金持ってるの?」
「もちろん、買い物にはお金が必要。そんなに非常識じゃない。疑われるのはちょっと不服」
ぷっくりと頬を膨らませるけれどもちっとも怖くない。
「いや、金額が金額だから、さ。88万は大金だよ?」
「大丈夫、引換券貰ってたから」
「引換券?」
ソーニャはおもむろに自分の鞄をあさり、中から一枚の紙きれを取り出した。受け取って見てみると、そこには“ジャンボラブラブパフェ無料引換券”と書かれている。
む、無料!? 俺の90万は!?
「こ、これはどこで手に入れたの?」
「学院のイベントで成績優秀者に配られたやつ。‥‥‥これ使わなかったの、怒ってる?」
「怒ってはないけど‥‥‥、出さなかった理由は何かあるの?」
そういわれると、責めれないじゃないか。まぁ責めるつもりもないんだけど。元々俺のお金じゃないし、それにまだまだ子供だ。犯罪にまで発展してないし、本人も罪悪感があるなら俺は許す。
「‥‥‥から」ボソッ
「ん?」