目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

甘い場所~王都滞在編ⅩⅧ~

 さっきの会話どこまで覚えてる? なんて質問は、短期記憶障害でもなければされない質問だ。という事は、聞いているのは言葉通りの意味ではなくて、裏をかいた質問になる。つまりは、国家機密の話をあなたは聞かれたらすぐに喋ってしまいますか? と翻訳していいだろう。


 よって正解を導き出した俺は、現在笑い過ぎて出た涙を拭っているギルド長を胡散臭く思いながらも、なるべく顔に出さないように相対している。



「それで、悪戯は終わりでしょうか。私事で恐縮ですが、今日はとても忙しかったので早くベッドの中に潜り込みたいのですが」


「あぁいやすまないね。聞きたいことがあるというのは本当だよ? それと敬語は取ってもらって構わないよ。普段から冒険者を相手にしてるとね、もっとひどい言われようだから、改められると少しむず痒く感じるんだよね」


 まぁ、イメージ通りの冒険者像ではあるけれど、職員とかはそうでもないだろうに。


「すみません、敬語は癖みたいなものなので直ぐには取れませんが、あまり硬くなり過ぎないように頑張ります」


 嫌だねぇ、前世の時も職場ではずっと敬語だし、こっちに来てからも目上の人と接する機会が多くて、身体に沁みついちゃってる敬語が取れねぇんだ。


「まぁ良いだろう。そしたら聞いても良いかな? ランデオルス君、君は冒険者になるつもりはないかい?」


「冒険者‥‥‥ですか?」


 まさかのスカウト? 冒険者は多くの人に開かれていると聞いたことはあるけれど、向こうからやってくるのは初めて聞いたな。


「うん、噂はかねがね耳にしているよ。海竜と心を共にして、巧みに操り、様々な困難を乗り越えて来たって」


「なんだか、尾ひれがついてそうで恐縮ですけど」


 何で知ってるんだ。この世界の人たちは口が軽いのかね。


 ハードルが上がることを良しとしないランデオルスは、肩を竦めてみせた。がしかし、セリウスはそんな様子も意に介さず笑いながら話を続けた。


「その辺を考慮してもだよ。昨今海辺でのクエストの未達成率やクレームが多くてね。それで海に特化した冒険者が欲しいな~なんて思ってたり」


「へぇ、冒険者ですか‥‥‥興味はなくもなくもなくも?」


 ちなみにアリよりのアリよりのナシ。今のところの第一位は不動の調教師だから。


「ほうほう、ちなみにもしも冒険者になったらだいぶ融通利かせるよ。人生一発逆転、大金持ち、色んな女の子を侍らせて暮らしてもいいね」


 人生一発逆転はアリだけど、その他はな~。意外なところで面倒くさいことがあるんだろうなって思うんです。人間関係だとか、税金問題だとか。


「その後は悠々自適なスローライフとか――」


「悠々自適なスローライフ!!!」


「おぉ‥‥‥まさか、最後にこうも反応されるとはね。前半との緩急激しすぎてちょっと引いてるよ」


 そんなに顔に出てたかな。別に前半が嫌いって訳じゃないんだけど。


「僕の夢ですからね。悠々自適にスローライフは」


「その年で‥‥‥。君も分かる側だったか」


 俺とギルド長は硬い握手を交わした。まさかこんなところで友情が芽生えるとは、やはりギルド長という立場はストレスが溜まるのだろう。お気の毒に。


「じゃあ、今日はいい返事が聞けたという事で、別に強制じゃないから頭の片隅にでも置いておいてくれ。冒険者は自由だからな」


 そのとき、中庭から涼しい夜の風が俺たちを横切った。


 自由。久しぶりに聞いた言葉な気がする。忘れていたのかもしれない。大事な事だ。心の余裕、精神の安定、そのために好きなことを好きなように、今までも自由にやらせてもらってはいたのだろうけれど。


 そうだ、俺は自由にやろう。そんで守りたいものは守って、嫌なことは嫌だと言って、喧嘩した相手と仲直りして‥‥‥その後に一緒に旅行でも行くか。


「はい、好きにやらせてもらいます」


「うん、良い返事だ。ではな、ゆっくり疲れを癒すといいよ」


 そうして、俺たちは夜風に背中を押されながら帰り路についた。




 次の日の朝、俺はソーニャに連れられて、王都の街に出かけていた。

 そう、今日一日は第二王子がくれた休日なのである。明日には早朝の便で帰るので、昨日のように夜更かしなどは出来ない。そしてしたくない。


 眠り眼を擦りながら、ソーニャに叩き起こされて来たので、睡眠時間は確保できておらず、実を言うと万全の状態ではないが、彼女が気分良さそうなので良しとしよう。


 どうやら俺を連れていきたいところがあるそうで。なんでも同じ学校の同級生の女子の中で噂になっているお店で、話を聞いてから一度行ってみたいと思っていたんだそう。


 さて、どんなとこに連れてってくれるのだろうか。楽しみだ。



 で、辿り着いたところは――


「こ、ここで間違いないんだよね?」

「うん、ランディは食べるのが好きだから、いつか一緒に行きたいと思ってた」


 ――街の雰囲気から切り取られたように浮いたこってこてのピンク色の建物、どこからか甘ったるい匂いが鼻孔をくすぐる。そこにあったのはカップル御用達、スイーツカフェだった。


 たしかに俺は食べるのが俺の生きることだと断言してもいいと思えるが、これは食べるのがメインじゃないだろう。付き合ってる二人、もとい周りの目を気にしない猛者たちの巣穴だ。


 残念ながら、こちとら前世を合わせたら既におじさん。周囲の視線をビンビンに感じるお年頃なのだ。


 え、マジで、行くんですか?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?