目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
リカバリー~王都滞在編Ⅻ~

 俺とソーニャのダンスは恙無く終わった。特に躓くような点もなく、練習の時に見た俺たちの二人のダンスは出る幕も無かった。


 お互いに視線を交わしながら、額を伝う汗はより一層情熱的に見え、終わってみれば綺麗に決まったフィナーレでのキメポーズは、会場の雰囲気も相まって最高に気分が上がった。


 過去一の出来だったんじゃないだろうか。意外に俺は本番に強いのかもしれない。今までもぶっつけ本番で言葉通り生き抜いてきたしね。


 拍手が鳴りやみ、第二ウェーブが始まろうとしていると、アイシャがズンズンと近づいてきて、俺の前で腕を組んで仁王立ちして、何かを待つようにこちらを見ている。


 第一ウェーブが終わって、誰よりも早く俺のもとに来たので、俺に興味があったのか、親に勧められてか、俺の方に歩み始めていた子たちもピタリと足をとめた。


 友達や人脈が出来るかもと思ったが、まずはアイシャのご機嫌を直してもらおう。まだまだ体力は残っている。海竜調教師の体力舐めんなよ。


「レディ、僕と踊ってくれませんか?」

「うん! 喜んで!」


 ぱぁっと顔を明るくさせて手を伸ばしてくるアイシャ、そっと俺がその手を掴むと、アイシャは元気いっぱい引き寄せて、密着する。ほほ、密着するとアレの存在が一際際立つ。


 見たか周りの小僧ども、これが金で買えない幸せだ!


「‥‥‥」

「‥‥‥」


 始まると、先ほどまでの元気いっぱい天真爛漫な彼女はどこえやら、気品のあるレディに早変わり、こんな一面もあったのかと驚かされる。練習のときには出してなかった気品だ。


 お主も持っておったのか‥‥‥。その能力、本番に強いを。


 というよりは、しかるべき場所でしかるべき態度をとる。TPOに近いのかな? なんだかいつもより大人に見える。


 それに一番練習した相手だ。余裕があることが、彼女を大人びて見える要因の一つなんだろうか。彼女は右足を出すときのテンポが速くなる時がる。逆に左ターンは半身で構えてしまうので気持ち少し強めに引っ張る。


 うん、楽だ。

 なんて思っていると、視線をこちらに合わせたアイシャが口を開いた。


「‥‥‥さっきは、ごめん。ちょっと強く当たりすぎたかも」


 おいおい、どうした。そんな態度で来られると庇護欲が掻き立てられてしまうぞ。


「謝るのは俺じゃないだろう。俺も一緒にいてあげるから、ソーニャに、な?」

「うん‥‥‥ありがとう」


 よしなさいな。いつも通りの俺を責め立てるような勢いのアイシャでいてくれよ。そっちの方が俺は嬉しいよ。



「‥‥‥それは、そうとして、さっき、あの子とどんな話してたの?」

「!!‥‥‥前言撤回」

「何が?」


 ビックリしたぁ。大型肉食獣ネコ科に睨まれたかと思った。あなたハバールダ領主の血引いてるのねぇ。大きいおめめが怖いよう。



「楽しそうにしてたけど! 何の話してたの?」


「そ、それはね――」



 俺とソーニャが話していた内容。それは本当にとりとめもない話だった。昔、こんなことがあった。あんなことがあった。心配したこと、将来のこと。島のこと。学院でのこと。ソーニャがモテてること、最近カップ数が上がったこと。


 本当にたわいもない話だったので、後半を省略して伝えた。


 だんだんと不機嫌になっていくアイシャに俺は気づくことが出来ずに、そのまま話続けてると、自分の存在を主張するかのように、密着度合いを増していく。


「ちょ、踊りづらいよ?」

「知らないもん!」


 もん! じゃなくて。


 あざといなと思いつつ、集中が切れてしまった俺とアイシャは練習では見せなったミスをした。


 俺と密着しすぎたせいで、脚が引っ掛かり、彼女は体勢を崩した。


「!!」


 咄嗟に身体をひねり、だいぶ不格好な体勢になってしまったが、幸いなことにアイシャが転ぶようなことはなかった。

 しかし、それでも周りと違う動きに俺たちは浮いてしまい観衆の目に晒されることになった。


 彼女は顔を赤くし、今にも泣きそうな顔をしている。


「ご、ご目――」


 彼女の言葉を遮る様に、俺は魔力を練って、得意の水魔法を使う。


 俺の頭上に現れた、拳大の水球は、徐々に天井めがけて上っていき、そしてパンと割れた。


 水球だったものは、ミストになり、綺麗に円を作る様に広がり、シャンデリアの光を乱反射させる。


「綺麗‥‥‥」と呟いたのは一体誰だったか、幻想的な景色を作ると、俺はそのまま水の糸を操り、幾何学模様を展開させて、ぐるぐると動かす。さながら芸術作品の様に視線をかき集めた。


 俺とアイシャの専用舞台だ。

 これで、さっきのミスもこのための一連の動作だと勘違いしてくれたらいいんだけどね。



 演奏隊もすかさず曲調を変えて、俺たちに合わせる。流石のプロでした。今夜の主役が俺から、俺とアイシャになった瞬間だった。


「ランディ‥‥‥これ‥‥‥」

「俺とアイシャのダンスを見せてやろう。ちょうどいい舞台だと思わない?」


 アイシャの顔に俺の影が映る。アイシャから見た俺は今、シャンデリアの逆光で見えづらいかもしれないが、安心させるように微笑んだ。


 伝わっているといいな。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?