ほえ? お返しは無しでいいという話だったのでは?
この野郎やりがったな! 上げて落とすとは、大人が子供にすることじゃないだろ。
キッっと睨む度胸はちゃんちゃら無いので、アイシャの顔をじっと見つめる。頼むぞ~。「お返しが欲しくてあげたんじゃない」この一言でいいんだぞ~
俺の想いが伝わる様に力んでいると、アイシャはハッとしたような顔を見せた。これは伝わったんじゃないだろうか。念のために、ずいっと顔を近づけて確認する。
本当にわかってる?
今度もちゃんと伝わったらしく、大きく縦に頷いたので、俺も安心して肩の力を抜く。
そんな様子の俺たちにしびれを切らしたのか、辺境伯がアイシャの答えを催促する。
「ほら、言ってやるんだ。何が欲しいんだ? 色々あっただろう。宝石にアクセサリー、新しい香水もだったかな。んん?」
アイシャの物欲を煽る様に辺境伯がニヤニヤしている。
おいやめてくれ。アシストパス出すな。ほら見なさい。アイシャが「えーっと、えーと‥‥‥」と言いながら指を折り始めたぞ。まさかそれ全部だとか言い始めないよね? ね?
なんとかなれえええ!! と心の中で叫ぶしかなくなっている俺であったが、そんなときにアイシャがとあることに気づいてしまった。
「あ、一つじゃなくてもいいんだ」
一つでもダメなんよ。あなた方の欲しがるものなんて、一個で俺の人生潰されかねない額が動くんですって。
もうどうにもならないかも知れない。希望の灯が潰えかけたその瞬間、俺の背後から聞きなれた声がした。
「ランディ、おまたせ」
後ろを振り返ると、白と青のドレス衣装を身に纏ったソーニャが凛と佇んでいた。
「ソーニャか、もうすぐ時間かな? よし、ダンスの最終確認をしよう。そうしよう。さぁ、いこうか」
「ちょっと待ちなさいよ!」
俺がソーニャの手を引きこの場を離れようとしたところに待ったがかかった。アイシャだ。彼女は俺、ではなくソーニャを真っすぐ正面から睨んでいる。
「まだ私とランディが話してる最中なんですけど! 割り込むのは失礼じゃなくて!? それにあなた誰よ!」
修羅場はやめてよ~。仲良くしてくれ~。
二人の剣呑な雰囲気に入っていくのは本意ではないが、いまこの場を収められるのは俺しかいない。仕方なく俺は体を二人の間に滑り込ませ、なるべく空気を軽くするように、声のトーンを一段階あげて話す。
「落ち着いてくださいアイシャ様。この子は私と同じククルカ島出身のソーニャです。彼女もまたこのような場に来るのは初めてなようで、無礼を働いたことについては、私も謝罪いたします」
「そ、そこまで怒ってないわよ。ちょっとムキになったのは私も悪かったわ。でも! 私があげた耳飾りのお返しは考えとくからね!」
俺の誠心誠意の謝罪を受け取ったアイシャは、罰が悪そうに矛を収めてくれた。ついでにその話も懐にしまっておいてほしかったな。
ともかく一安心だ。アイシャさえ感情的にならなければ、ソーニャが落ち着いて対応してくれるだろう。伊達に平民の身でこの場に立ってないからな。
すると、ソーニャがスッと前に出た。さぁやっておしまい。いや、やったらダメなんだけどさ、見せてやりなさいそのエリートたる佇まいを。
気分は水戸の黄門様だな。
「申し遅れました。私はランディと同じくククルカ島出身でランディの幼馴染でもあるソーニャと申します。
ん? なんかやけに強調した部分があったような。まぁ特に気にすることでもないか。初対面の二人とはいえ、婚約者と明言しないだけでも俺的にもありがたいのだ。
アイシャからの好意を有耶無耶にしているのは、俺がヘタレ以外の何物でもないんだけど、特にお父様であらせられる辺境伯の前でこの話をすると、ちゃんと貴族と平民のシリアスになりそうなので嫌なんだ。
「私の‥‥‥? どういうことよ」
「どういうことも、何もありません。そういうことです」
す、助さん格さんソーニャさん、もうよかろう。今すぐその話を辞めるのじゃ。
「あ、そうだったそうだった! 俺たち最後の確認しないといけないんだった! よしソーニャいk――」
「「ランディは黙ってて!!」」
「あ、はい」
二人して除け者にしなくてもいいじゃん。ってそんなことより、どうしよう。俺のなんか面倒くさいことになりそうレーダーがビンビンしてやがる。
「そういうことって、そういう事よね?」
「えぇまぁ、そういうことですね」
「まぁ、慌てるようなことじゃないわね。ランディを幸せにできるのは? 私だし? 耳飾りも私があげたやつで肌身離さず付けてくれてるみたいだしね」
「ぐぬぬ」
なんやこれ、傍から見たら幸せものに見える立ち位置にいるのかもしれないが、当の本人になってみれば胃が痛くなる。ごめんなさい、今までの物語の主人公たちよ。
アイシャがムキになっているから、辺境伯が出てきたらもう終わりだ。何としてもヒートアップする前に終わらせないと。