まさかと思ったが、考えてみれば来ていてもおかしくない。
言うならば、俺を王国に留めておくために、色んな人物を紹介させようの会なので、そこに伯爵位の人が来ていても当然っちゃ当然か。なんなら一番お世話になっているから来ていないとおかしいのかも。
その辺の貴族社会とか知らないし、あくまで推測なのだけど。
「アイシャ様もいらしたんですね。言ってくだされば良かったのに」
マナーレッスンが終わってすぐに王都に駆け付けたから全然久しぶりの感じがしない。俺が馬車に揺られてるすぐ後ろにいたのかな?
「ふふん、サプライズってやつよ! それより、どう? 何か言うことがあるんじゃないの?」
おっと、これは失礼しました。
「その衣装とてもよく似合っていますよ、大変かわいらしいと思います」
アイシャの衣装は赤と金色を織り交ぜたドレスの、ふわりとした印象が普段のアイシャと違って、そのギャップによりちょこっとだけドキリとしてしまう。
「そうでしょう! まぁ、私ほどではないけどランディも似合ってるわよ。 そ、その、かっこいわ」
アイシャは胸を張り得意げに鼻を鳴らしてから、そのまま顔を明後日の方に背けて俺のことも褒めた。
言葉としては素直に嬉しいのに、それでも素直に喜べないのは後ろに控えている金髪ムキムキおじさんの圧力が一段と増したからだろうか。くっくっく、今にも漏れそうだ。
「ま、まぁ、アイシャ様も来てくれたので少しだけ緊張が和らぎました。一緒に練習したので、下手な恰好は見せられないですね。頑張りますので見守っていてください」
辺境伯をあまり視界に入れないようにすることで、なんとか笑顔を保ちつつ、そつなく会話をこなし、挨拶を終えようと思っていたのだが、現実はそうは甘くないらしい。
「あ、私があげた耳飾り付けてくれてるのね! ふふっ、やっぱり私の見立ては間違っていなかったようね。衣装と良くあっているわね!」
ピシッと俺の心に紫電が走った。
お、お、おま~。それは言わないお約束でしょうが。あなた今、後ろ振り返れるの? おれの代わりにアンタの親の顔見れんの?
ちなみに俺はまだ見てない。
いや、まだ焦るな。俺は一般市民の出だぞ。ブルーラマンなんて宝石は知らないし、それが高価なものだなんて知るはずがない。オレハ ナニモ シラナイ。
「うん、本当にありがとう。気に入ってるよ。俺も何かお礼しなきゃいけないと思うんだけど、何を送ったらいいのかさっぱりでさ、う、うおっほん。さっぱりでして、何か欲しいものなどはございますか?」
「おい、小僧」
ヒィッ‥‥‥!! ラスボス登場。確かに、知らないふりをすることに夢中になってタメ口を使ってしまったけれど、そんなことで怒るような人じゃない。
てことは、いよいよ詰められる!?
俺が背筋を伸ばして固まっていると、辺境伯がコツコツと近づいてきて、俺の目の前まで来るとしゃがみこんで、俺と目線の高さを合わせる。
こっわ。ホラー画像ですか?
比喩でもなんでもなく俺の目と鼻の先に、辺境伯の顔が存在する。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
彼はそのまましばらく俺を見つめると、やっと口を開いた。
「平民が買えるようなものを渡したとして、それは貴族にとって侮辱になりかねない。小僧はこの耳飾りと同等のものが贈れるか?」
「‥‥‥多分、出来ないです? 少し値の張るものだと思っていたのですが、もしかして
――」
危うく即答で「無理です!!」と首を素早く横に振ろうとしたところを耐えて、知らないふりを継続したが、その途中でハバールダ辺境伯から人差し指で口を押えられ、その続きを声に出すことを遮られた。
「知らなくていい。俺たちはそんなこと気にするようなタマじゃないが、この場においてはあまり大きな声でそんな約束を言わない方がいい」
辺境伯がそーっと視線だけで辺りを見るので、俺もつられて周りを見る。
他の貴族たちがチラチラとこちらの様子を伺っている。なんでこんなに注目されてるんだ? という疑問は直ぐに解消された。
そうだ、俺は本日の主役で、この人は貴族の中でも高位の貴族で。そんな二人が会話してたら嫌でも目に付くか。
ってことは、助けられたのか。俺が貴族界隈で変な目立ち方をしないように。ともすれば守られたともとれる。
ヒヤッとしたが、結果的に悪くないと思えた。理由としては、耳飾りの件が流されてその莫大な金額に見合ったものを用意しなくても大丈夫なようになったからだ。
「まぁなにはともあれ、今は今夜のパーティーを楽しもう。ガハハハ」
辺境伯は俺の肩を大きくパンパンと叩き、周りにアピールするかのように笑うと、立ち上がり、ずっと辺境伯の後ろで「内緒の話はずるいです! お父様!」と主張し続けていたアイシャを俺の前に押し出した。
逆に急に押し出されたアイシャは戸惑っている。俺も戸惑っている。
???
なになにどうした?
俺たちは顔を見合わせて、お互いに首を傾げたのちに、辺境伯の顔を見た。すると彼は口の端を持ち上げている。笑ってる? いや! これは! 目が笑ってない。
「さぁアイシャ、何が欲しいか言ってあげなさい」