理由が全く分からない。フィオナから流れてくる感情は‥‥‥興味が大きいけど、これは好意か。 好意!? どこで好きになったんだろう。 挨拶という不可解な行動が目について、新しいおもちゃとして認識したのかも?
一番ありえそうな理由をこじつけてみたが、果たしてそんなことがあるのだろうか。試しに他の誰かにやらせてみるか? 挨拶法として論文書こうかな。いや、止めよう。一万字以上書くのだるすぎる。てか、紙を用意できないか。高価だしパソコンがないから誤字した瞬間リトライ確定。
ふと我に返ってアイシャ達を見ると、それに気づいた彼女はフィオナを撫でるのをやめ、弾けるような笑顔で駆け寄って来た。
「私フィオナに認められたのよ! ね、そういう事でしょ!」
「そうだね。理由は全く分からないけどね。他の調教師が最初に躓く難関をこうもあっさり突破されると、笑うしかないよ。海龍から触れてくるなんて、普通半年はかかるはずなのに」
あははと思わず笑いを抑えきれずに噴き出してしまう。
「私、今感動してる。お家のペットが懐いてくれた時を思い出したわ。そうだった、こんな気持ちだった。私もフィオナのこと好きになれた! ランディありがとう!」
そう言って何を思ったかいきなりアイシャが抱き着いてきた。
おいおい、そんなことして大丈夫なのかよ。11歳にしては柔らかなたわわが実っているようでほほほ。
チラッとトロンを横目で確認すると、靴紐を結びなおしていてこちらを見ていない。なるほど、やっぱり抱き着くことは容認できないですよね。
わざと視線を外しているトロンの苦悩が伺える。普通そんな直ぐに対応できないっすよパイセン。
「やったやった」と喜んでいるアイシャをフィオナが自身の頭を俺とアイシャの間に挟み込ませることで制すると、ハッとした彼女は照れ臭そうにゆっくりと離れて、手をもじもじさせた。
「あのね、今日最後だったでしょ? だから前々から買ってて、レッスンが終わったら渡そうと思ってたものがあるの」
アイシャがスカートのポケットから取り出したのは綺麗に包装されリボンまで付いている手の平より小さい箱だった。
「開けてみていい?」
「う、うん。喜んでもらえるといいんだけど‥‥‥」
心なしか不安そうな様子に疑念を抱く。もしかしてプレゼント選びのセンスがないのかもしれない。思いだすのはこの街に来て出会った屋台のお爺さん。あ、思いださなければ良かった、この小箱と黄色い水を入れた瓶を重ねてしまった。
頭に浮かんだものを振り払って、おそるおそる包装を剥がして中身を取り出す。
「これは‥‥‥ピアス?」
箱の中に入っていたのは、短冊形で竜鱗模様のピアスだ。薄群青色が太陽光で反射し鈍く光っている。とても、高価そうなものだがいいのだろうか。
「う、うん。ランディに似合うと思って、お小遣い貯めて買ったの。どう?」
一体いくらのお小遣いをもらっているんだという雑念は置いておいて、上目遣いに覗き込んでくるアイシャを安心させるように一言。
「とても綺麗だ。嬉しいよありがとう」
心からの感謝を、目を見てしっかりと伝える。‥‥‥あれ? おーい、アイシャさん?
目の前で手をヒラヒラさせると、アイシャは目を数回パチクリさせ、少し赤みがかった顔をさらに紅潮させ、俺から顔を背けた。
トロンさん、なんかこの子凄い初心すぎませんか? 目が合っただけですよ。そんなんでやっていけんのかい貴族界隈。
視線をトロンに向けると目が合っていた。どうかしたのだろうかと思ったのも束の間、自身の耳を指さしている。あ、つけろってことですか?
指示通りに付けようとしたところ、あることに気が付いた。
「あ、俺、ピアスの穴開けてないや」
そうだった。耳に穴開けてたのは前世での話だった。今世では穴開けてないんだよな。ククルカ島ではそういう文化がなさそうだったし。
俺の呟きが聞こえてしまったのか。バッとアイシャが振り返り「ど、どうしよう」と顔を青くして、目を泳がせている。
すると、トロンがコツコツと近づいてきて懐から布袋を取り出した。さらにその中身は紙で包まれており、それを開けて、俺の前にやって来た。
「ピアスをあげたいと聞いていましたが、穴が開いていないようだったので、ランディ、ピアッサーを購入しておいた。これを使うといい」
アンタ本当に何者なんですか? 有能オブ有能オブ有能。近衛兵って皆これぐらいのエリートなの? 末代までハバールダは安泰ですわ。
トロンの助太刀にアイシャは安心したようにニヘラっと微笑み、俺が穴を開けるのを今か今かと待っている。
という事で一思いに開けることにした。前世で一度開けているので、どれくらい痛いかは承知の上である。ちなみに全然痛くない。っと、はい貫通。開いた管の中に差し込むようにピアスの先端を入れる。
ピアスを付けた耳をアイシャに見せる。
「どう? 似合ってる?」
俺の問いにアイシャはブンブンち何度も顔を上下させて肯定している。顔とれるぞ、ぽろりって。
まぁ何はともあれ、幸せ空間だ。皆和やかな笑顔を携えその日は一日を終えた。
そして、ノミリヤ学園を出発する日になり、あれよあれよという間に俺は王都にたどり着いた。初めての長距離陸路に齷齪しながらも進んできたが、道中当然のように山賊が何度もやって来た。しかし御大層に付けられた護衛が一瞬にして軒並み倒していった。
そんなこんなもありつつ、豪華な馬車での長旅だった。