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光明~王国召喚編Ⅹ~

 それからというもの普段通りの日常を過ごしていった。違うことがあったとすれば、あの二人組の男子生徒が学校で見かけなくなったこと。マナーのレッスンを真面目に、というより静かにやるようになったので、自然と身が入る様になったといいますか。


 きまずくは無いんだけど、俺が勝手にそう感じているだけかもしれないが、会話が減ってしまった気がする。


 ということもあって、大まかには普段通りの日常を過ごしていたのだが、いよいよ時がやってきてしまった。


「トロン先生、これでどうでしょうか」


 王様に謁見したことと仮定して、一通り通しで練習して、その程度を確認する。


「うむ、まぁ及第点だろう。当日もしかして行われるかもしれないダンスも見れる程度にはなったな」


「が~、つかれた~」


 床に腰を降ろして、後ろ手をつく。


「本番は緊張でもっと疲れるだろう。そのためにも、今の感覚を忘れないでおけよ」


 なんかの間違いで謁見がなくなったりしないかな。しないか。学園側としたらこの上ない名誉と権威の向上に貢献する招集だもんな。


 レッスンが終わったことで、なるべく早く行けという命令の元、遅くとも明後日には出発だろう。


 俺の学園生活、休みが少なくないか? あ~あ一日が30時間ぐらいあったらいいのに‥‥‥。あ! この妄想前世での社会人時代にもしてたな。これは良くない傾向ですぞ。せっかく異世界転生したのだから自由にゆっくり生きるという俺の決意は何処へ行ったんだ! ランデオルス、しっかりするんだ!


 なんて考え事をしていると、ツンツンとアイシャが指でつついてきた。


「ん? どしたよ」


「あのね、レッスンもこれで最後でしょ? もう学園に来ることもないと思うの。だから最後にフィオナに合わせて欲しいの」


 そうか、レッスンがなくなればアイシャがこの学園に来ることもなくなるのか、騒々しい日々も少しは落ち着くようになるのか。寂しいような、そうでもないような。


「分かった。でも大丈夫か?」


 海竜に振り落とされて以来、アイシャは極端に海竜を避けているように思えた。心の中に怖いという感情が、頭の中に痛みの記憶が残ってしまったのだろう。


「うん、これで終わりにしたくなの。ランディの好きなものを私も好きになりたいの」


 お、おう。理由はともあれ、覚悟の大きさは知れたので俺もそれに応えようと思う。怖いものに自分から立ち向かうことの偉大さは十分に知っている。


 俺もこの身体の傷の度に何度調教師を辞めようかと思ったことか。


「よし、じゃあ竜舎に行こうか」


 俺たちは、空き教室の片づけを終えると、トロン、アイシャ、俺の三人でフィオナの待つ竜舎に向かった。



「じゃあ開けるぞ」

「う、うん」


 竜舎の扉をゆっくりと開ける。風が巡りだし、竜舎のなかから俺たちに向かって突風が来る。その風に乗って濃厚な海竜の匂いが鼻を抜ける。


 アイシャの顔を見るとあの時の感覚が刺激されたのか、少し顔が強張っていた。しかし何も見なかったかのように、ズンズンと前に進んでいくと、アイシャは後ろから付いてきた。


 俺の背中には隠れないか。むしろ堂々としているようにさえ見える。貴族としての血が垣間見えたような気がした。


 左右にずらっと顔を出す海竜たちのその奥。フィオナが鎮座する小部屋まで行くと、俺は鍵を開けて、外に連れ出す。


 その間終始無言のアイシャは少し離れたところで様子を伺っている。


 フィオナはフィオナで空気を読んでシャキッとして俺に付いてきている。そうね、わざわざ奥でどんと構えてたもんね。空気読み過ぎだよあなた。前世日本人ですか?


 外にでた俺たちは、フィオナと俺、アイシャとトロンが対面する形になった。


「じゃあ、どうぞ!」

「い、行きます!」


 俺の合図とともに、アイシャが一歩前に出る。


「ご機嫌麗しゅう。ハバールダ・リオネッツァ=アイシャでございますわ。本日はフィオナ様にお別れの挨拶をしに参りました」


 アイシャの挨拶に「ピィ」と返事を返すフィオナ。ちなみにこの返事は「そんなんいらんぞ」という意味だが、言わない方がいいだろう。なんせ俺の前世は日本人だからね。


 返事をしてくれたことに気分を良くしたのか、頬を上気させ、はやる気持ちを抑えて、ゆっくりとフィオナに近づく。


 しかし、あと一歩というところで足が止まった。


「?」


 よく見ると足が震えている。やはりまだ怖いか。だけど、ここが正念場だ。さてどうする。


 じっと状況を見つめているとついに動いた。



 フィオナが。


 首を伸ばしてアイシャの顔に自分の鼻先を触れさせた。アイシャは驚きのあまりに避けることが出来なかった。


 ツンっと触れ合った鼻先は、意外なほどに優しかった。フィオナとしては気になったから触れただけのようだが、アイシャにとっては曇り空が割れ、太陽の光が差しこんだように錯覚しただろう。


 アイシャは自分から手を伸ばして、そのフィオナの頬を撫でる。


「まじか」


 思わず口に出た。

 なんとなくだが、フィオナの気持ちを感じ取ることが出来る。アイシャの勇気もそうだが、フィオナに嫌悪感が無いことだ。


 一体何が起きた?


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