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追って沙汰まつ~王国召喚編Ⅸ~

「おい、一体おまえは何をしている‥‥‥」


「何をって、あの二人を、助けないとって‥‥‥」


 何を聞いているんだ。オレガノ先生は怒られるようなことはしてないぞ。


「ッ! 違う、そうじゃない。なんで眠り笛を吹かないんだ。あの二人を助けたとして、お前自身はどうなってもいいのか?」


「そんな、ことは」


「だったら吹け。遠くからだが、一瞬お前は腰に付けている眠り笛に触れたよな? 頭の中にその選択肢はあったはずだ。何故吹かない」


 男子二人組にアイシャは固唾をのんで、俺たちを見ている。


「‥‥‥」


 俺が言うべき言葉が見つからずにいると、オレガノは諦めたように溜息を一つ吐き、海竜の方に近づき、海竜の背に乗った。


「‥‥‥まだ、話は終わってないぞランデオルス。一旦俺はこいつを竜舎に戻してくるが、そこで待っていろ、そこのお前たちもだ」


 俺たちは頷くことしか出来なかった。



 何故吹かなかったか。そんなもの、吹きたくないからに決まっている。だがしかし、それは調教師としてあるまじき行為だ。覚悟が足りない。海竜が人間を襲う癖が付いたらどうする。吹く理由なら山ほど見つかる。


 けれど、俺は可哀そうな海竜を見たくないというたった一つの理由で、吹かなった。自分でも驚いているのだ。


 咄嗟にとった行動が、俺の命と海竜への同情を天秤にかけたとき、どちらを選択したか。行動で表している。


 オレガノに聞かれて答えれなった。自分の命が大事だと、口で言ったところで。そう思ってしまった。


 調教師として、海竜を傷つける覚悟。これまで眠り笛を吹かなかったことがここに来て、他の調教師と覚悟としての経験の差があることに気づいてしまった。


 天を仰げば、白い雲が青色のキャンバスに絵の具のように広がっていた。




「さて、まずは理由を聞こうか。なぜハバールダ領主のご息女が、ここにいるんだ? 今はランデオルスとマナーのレッスン中だと聞いていたが?」


 オレガノ先生は俺に尋ねてきたが、それは俺も知らないのだ。顔を男子二人組に向けると、言いよどんでいる。どうしたんだろうか。


 それを見かねたアイシャが口を開いた。


「私が、海竜に乗せて欲しいと頼み込みました。そして、レッスンに来なかった私を探しにランディは来たのだと思います」


 まっすぐオレガノを見つめるアイシャ、それを見ている二人の男子使徒は、目を泳がせ、口をつぐんでいる。


 ‥‥‥嘘か。


 どっかで見たことある奴らだと思ったが、一年の時からよく俺のことを目の敵にしていた奴らか。俺を見る目に、罪悪感とは違う何かがある様に感じる。嫉妬か?


 しかし、アイシャがそういうのであれば、この二人は今ここで余計なことを喋らないだろう。アイシャも折れる気がないようで、オレガノから視線を外すことはない。


 膠着状態の最中、折れたのはオレガノ先生だった。


「わかった。ひとまず、ランデオルスとアイシャ様は早くレッスンに戻ってもらおう。近衛が心配しているだろうからな。そしてそこの二人は詳しく話を聞かせろ」


 例えアイシャからのお願いであっても、海竜に乗せることを同意してはならない。海竜調教師になって初めに教えてもらう心得のなかの一つだ。アイシャがあの場にいただけで彼らの処分は決まっているようなものだろう。



 俺とアイシャは空き教室に向かってる間、互いに無言だった。しかし、確認しないのもどこか気持ち悪さが付きまとう。


「アイシャがお願いしたって、噓でしょ?」

「‥‥‥うん」


 小さく頷いたアイシャは不安に駆られているようだった。


「でも、乗りたいって言ったのは私だもん」


「どういう事?」


 俺が聞き返すと、当時のことを思いだしながら、少しずつ話してくれた。


 トイレで用を足して、空き教室に戻ろうとしている最中、声を掛けられた。それがあの二人だったようだ。どこで聞きつけたかは知らないが、彼女がとても上の方の身分だと知っていた。お近づきになるためか、彼女に海竜に乗りたいかという質問をして、ちょうど俺に断られたばかりだったが、そこまで厳格に禁止されていると知らないばかりに、乗せて欲しいと言ってしまったそうだ。


 俺も教えていなかったし、乗せるという提案をする奴がいるとは思わなかった。


 そして、乗ろうとした際に拒絶され、振り落とされたところに、俺があの場に現れた。というのが大まかな内容だ。


「そうか‥‥‥」


 俺が相槌を打つと再び二人は静かになった。き、気まずい。


 誰か助けてくれと願っていたところにトロンが現れた。


「見つけました。はぁはぁ、お話は軽く伺っておりますが、もう一度、お話聞かせますか?」


 走って来たのだろう。息切れをしながらやって来たトロンは、額の汗を拭うと、背筋を立てて、ビシッと纏う雰囲気が変わった。あ、仕事モードに入った。


 そして、空き教室に向かう道中、俺たちはもう一度同じ話をした。



「なるほど。これは、なるべく聞きたくなかった話だな。仕事が増える」


 教室に着くころにちょうど話し終えると、トロンは愚痴をこぼした。元来俺とにて怠け者の性格なのだろう。だけど彼の場合、立場としての責任がそれを許さないだろう。


 どうなるかは分からないが、最悪アイシャにまで罰が及ぶ可能性がある。まぁ罰を出せるとしたら領主になるのが不幸中の幸いか。


 なんにせよ、追って沙汰を待つしかない。

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