「次は、俺の手にアイシャの手を重ねてくれ」
指示通りに何の躊躇いもなく俺の手の甲に合わせる形で手を乗せた。アイシャのての大きさはさして俺と変わらないが、肌はきめ細かく、色白で、細い指。俺のごつごつと硬い皮膚とは大違いだ。
そして、俺はアイシャの手がずれないようにゆっくりと手を伸ばし、フィオナの方へ持っていく。
ゆっくりと撫でると、まだ触れてはいないけれど、疑似的にも触れたような感覚になったのか、嬉しそうに喜んでいる。けど、まだまだここからだ。
フィオナは俺が触れていることにはこれっぽっちの警戒心も抱いていないが、視線は俺の傍で手を重ねているアイシャに注がれている。
「じゃあ、今から手を交代するけど、絶対に大きな声を出したりしちゃダメだよ?」
俺の言葉にコクコクと首だけで肯定の意を示す。なんならもう片方の手で自分の口を押えている。これなら大丈夫そうだな。
意を決してするりと手を滑らすように、アイシャの手の甲に俺の手を重ねる。そしてゆっくりとフィオナの身体に手を押し当てる。
「‥‥‥!」
「よかったね。ほら、ちゃんと挨拶したからだよ」
声を出さずともその顔を見れば、念願の海竜に触れることが出来て嬉しいという感情がひしひしと伝わってくる。ついでに挨拶の重要性を高めておくことを忘れない。これがアイシャの心を守るために必要なことなのだから。
ジーっと俺を見てくるフィオナに、付き合ってくれてありがとうという念を込めて見つめ返す。
俺じゃなくてアイシャが触れていることなど、当然のようにバレている。まるで孫の悪戯を気づかないふりをしているお爺ちゃんだ。
そうして、しばらくアイシャはフィオナの感触を楽しんでいた。俺はフィオナに頭をガジガジと噛まれたりしていた。途中からイヴも参加しだして、皆でフィオナに群がった。さながら乳を与える母犬だ。
お爺ちゃんだったり、お母さんだったり、フィオナは忙しないな。
「‥‥‥」
ちなみにトロンさんも触りたそうにしていたが、残念! さっきの抜剣で敵認定されてます。お控えください。
ひとしきり堪能したところで満足したかと思いきや、突拍子もないことを言い出した。
「ねぇランディ? 私今度はフィオナに乗って海に出てみたいわ!」
無理無理無理無理無理~!! ずぇ~ったいムリです!
俺が顔の中心に皴を寄せていると、否定的と分かったのか、さらに俺に詰めよってきた。
「なんでよ! 二人とも海竜に乗ってるんでしょ? 私も二人と一緒に遊びたいのに‥‥‥」
「そうは言ってもね、騎竜はとても危険なんだよ。何が起こるか分からない。流石に貴族様を俺の一存で乗せる訳にはいかないんだよ」
「でも、イヴライトだって、貴族じゃん。なんで私はだめなのよ」
ん~、その顔はずるいよ。アイシャの困り顔は元が美人なだけに威力が高い。だがしかし、こればかりは本当にダメだ。
「イヴはね、海竜に乗るために、魔法使いと言う安全な道のりを捨てて、何年も勉強して、文字通り自分の命を懸けて、覚悟をもってこの学園に入学したんだよ」
アイシャもそんなことは分かっているんだろう。何も言えないが、何も言えないからこそ、感情がぐちゃぐちゃになっている。
そんなアイシャに俺は言葉を続ける。
「でもアイシャは違うだろう? まず第一の立場が、俺やイヴは海竜調教師育成学校の生徒だ。アイシャは貴族様だ。まぁ正直、これに関しては貴族ってのはどうでも良くて、調教師か調教師以外かだな」
「‥‥‥」
「だから、それだけはダメなんだ。分かってくれ」
「‥‥‥」
それでもアイシャのふくれっ面は治らない。
「‥‥‥わかった。じゃあこうしよう。それ以外のことならなんでも一緒に遊ぼう。一回だけなんでもいう事を聞く権利をあげよう。これでどうだ?」
「わかった‥‥‥」
ふぅ、なんとか騎竜を諦めてくれたか。そんで、そこで小さな体をさらに丸めて小さくしているイヴさん。俺になすりつけましたよね? アイシャが泣きそうになってるのを責める構図に、はたから見ると、そう見えなくもない状況でしたけど。
絶対にイヴが対応した方が外面が良かったんですけど。イヴさんピヒューじゃなくて。口笛下手くそになってますよ。
「アイシャお嬢様、そろそろ暗くなりますので帰りましょう」
「えぇー! もうちょっとだけ皆と遊びたいのに‥‥‥」
「ダメですよ、さ、遊ぶのはまた次回にしましょう」
気が付けば空が橙色に染まっている。ずっとフィオナを撫でてたのか、後で水欠けて乾燥させないようにしないと。
アイシャは帰りたくないようで、駄々をこねそうな雰囲気だったので、すかさずアシストパンチを繰り出す。俺も部屋に戻りたいし。
「そうだぞ。また次回までに楽しい遊びを探しておいてくれよ。そしたら皆で楽しいことしよう」
「!! わかったわ! 宿題ね! こんなにワクワクする宿題は初めてだわ! さぁトロン、帰るわよ!」
急に機嫌を取り戻したアイシャは跳ねるように竜舎の外に駆けだし、帰っていった。
嵐のような女の子だな。
残された俺とイヴは二人でフィオナのケアをしてから部屋に戻った。