遅れながらも授業に参加するために教室に入ると、色んな視線が突き刺さる。気分は動物園の動物だ。そりゃそうか、なんせ3年ぶりに顔を合わせる人もいて、その間に色んな噂が飛びかかったことだろう。
「すみません、遅れました」
「構いませんよ、事情は知ってますから」
今年の第四学年を担当するのはインパス先生だ。知っている人で俺としてもありがたい。この学校では基本的にその学年を教える先生は固定らしい。なので、俺たちが第五学年になったら新しい先生になるとのだが、言ってもこの関係値の狭い学校では、あらかたの教職員は知っているので、知らない顔の方が珍しいのだが。
授業は幸いにも数学だったため、聞き逃しても大丈夫な内容だった。歴史や魔法に関しては、自分でもまだまだだと自覚しているので、出来れば皆勤賞でいきたいところ。
空いてる席を確認し、そこが俺の席だと分かる。
やったぜ、一番後ろ、窓際の席。主人公席じゃん。強いて悪い所をあげるのであれば、イヴと席が離れていることだろうか。
そうして、その日の授業を終え、オレガノ先生に第一学年の授業を受けるが、実質雑談だ。俺が教科書を読んで、分からないところや、面白い裏話などをオレガノ先生が話してくれる。
まぁ、テストをするわけでもないし、流れだけ掴んで、面白いと思えたなら頭が勝手に記憶する。そっちの方が、覚えやすいしね。本当にいい先生だ。
んで、やってきました。指定された空き教室に。礼儀作法のお時間です。
部屋に入ると、既にアイシャとトロンがおり、それぞれきちんとした格好をしている。正装と言うやつだろうか、動き辛そうだなと言う感想は喉まで出かかった。危ない。
「やっと来たわね! 遅いわよ!」
俺を見つけたアイシャが、ずいっと近づいてくる。仄かに香る香水の香りは、あのころと違って女性の雰囲気を感じた。
そういえば、貴族だもんな。そりゃ美人さんにもなるか。
この世界では香水は嗜好品だし、貴族はほとんど近親で愛を育まない。その代わり、ドチャクソに綺麗なお嫁さんを設ける。そうして、生まれてきた子は美人美男子になり、また綺麗な配偶者を迎え入れる。正直顔面偏差値は、一般市民とレベルが違う。
そんななかで、ソーニャは奇跡と言えるんだろうな。と考えていると、頬をぷくっと膨らませたアイシャが不満げに俺を睨んでる。どしたん、話きこか? てか、LINNEやってる?
「他の女のこと考えてた!」
「考えてないよ。どこでそんな言葉覚えてきたんですか」
こっわ、女の勘。
「ママが言ってたわ! 今、あのときのパパと同じ顔をしてたもん!」
領主様、なにしてるんですか。
トロンさんに助けを求めようとそちらを向くと、我関せずといった風にただ立っている。頼む、こっちを向いてくれ。
何度もウィンクをして合図を飛ばしていると、折れたようにこちらに助け舟を出してくれた。
「お嬢様、そろそろ始めますよ」
トロンのその言葉に、不服そうにしぶしぶと俺から離れてトロンに向き直った。
ピシっと俺も気を付けの姿勢をすると、マナーの授業が始まった。以前にも軽く習ったことがあるが、内容はともあれ、やり方はやはり間違っていると実感した。それほどに天と地ほど受けてて差があった。
殴られないって素敵なことなんだな。
しみじみとそんなことを実感しながらレッスンを受けていく。腐っても鯛という訳ではないが、一日の長があるのか、俺よりうまく出来ている。これがなかなかに悔しい。あんな言うこと聞かなそうなのに。
それに俺が間違いを指摘される度に「私が教えてあげるわ!」と言ってくるあたり、弟かなにかだと思っているのではなかろうか。
というか距離感が近いから、トロンさんに指摘されそうなものを、案外何も言ってこない。ふむ、実は上の目がない所では自由にさせる教育方針なのだろう。
そうして、気づけば陽が沈みかけているので今日のレッスンは終了となった。
あっという間だった。なんだかんだ言って、楽しかったのだろう。終わった瞬間に身体の疲弊に気づいたくらいだ。そういえばこんなに騒がしかったのも久しぶりだ。
彼女のその明るさは掛け替えのない、彼女の魅力だと気づいた初日だった。
それからと言うものの、目まぐるしく日々を過ごし、心労こそないものの、体力的に厳しいので、たまにはという事で休みを貰い、フィオナとダラダラ過ごしていると、またもやって来た。
「ランディ! 来たわよ!」
しかし、タイミングが悪かったようだ。俺の右手側にはフィオナが撫でろと体を押し付け、左手側にはイヴが、それを見てニコニコと笑っていた。
「だだだ、誰よその女!」
おぉ、まさか本当にこのセリフが聞けるとは思っていなかった。ちょっと感動している。
イヴはまたかとでも言いたげに苦笑いを受かべ、トロンさんは無表情で静観している。えぇ、俺が何とかするのこれ?
フィオナさん、なんとかならない? ならないか、そうか。